降参
クロードは自分の運命を受け入れて、ヤマウチ家の人たちに感謝しながら静かに目を閉じた。
「クローーード!」
鋭い声と同時に銃声がする。クロードは目を開けた。
クロードの前で剣をふり上げていたアウムの右アームに、連射された機銃弾が当たって火花を散らせた。ダメージを受けたアームが機能不全をおこして、だらりとたれ下がる。倒れてきた大剣は建物にひっかかって止まり、クロードの体には届かなかった。
髪をふり乱して走ってくるシオンが見える。クロードには、その姿が女神のように美しく見えた。
ああ。おれはまだ生きていていいのか。もうすこしだけ、この人たちのために生きる時間をもらえるのか。
クロードは体の内側からわきあがるあらたな力を感じながら、立ち上がった。シオンの背後を追ってきたアウムが跳躍するのが見える。クロードは走ってきたシオンを抱きとめるとそのまま抱え上げ、シオンが走ってきた方向に駆け戻った。
頭上を跳び越えていくアウムを見送りながら、クロードは腕の中のシオンに言った。
「また助けられた。借りができたな」
シオンはやや頬を赤らめて、つぶやくように言った。
「……おたがいさま、だから……。あの、自分で走れるから……おろして……くれない?」
タカユキ・トモダは、医師から血液の入ったケースを受け取った。
シオンとクロードが敵の注意を引きつけてくれたおかげで、タカユキはうまく抜け出して病院までたどり着くことができたのである。血液を入手した今、あとは四ブロックを駆け戻ってケニチのもとに血液を届けるだけだった。
タカユキは医師に礼を言って、病院から飛び出した。ケースを肩にかけて、ケニチとソーマが待つ建物に向かって走る。
途中までは順調だったが、あと一ブロックのところで敵と鉢合わせになってしまった。五人のアサオ兵が、建物を横から攻撃するために迂回してきたようだ。アサオ兵に銃を向けられて、タカユキはとっさに手近な小道に飛びこむ。
しまった、ここは——。
タカユキが飛びこんだ場所は細い路地で、すぐに行き止まりになっていた。アサオ兵に追ってこられたら、身を隠す場所はない。つきあたりに民家の出入り口が見えるが、ドアを開けて中に入るまでの間に、追ってきたアサオ兵に撃たれてしまうだろう。
タカユキは歯を食いしばった。ここでタカユキが死んでしまったら、ケニチに血液を届けられない。今は、もっともタカユキが生き延びる可能性の高い選択をすべきだった。
「待ってくれ、降参だ! 撃たないでくれ!」
タカユキは表通りにいるアサオ兵に向かって声をかけると、自分の小銃を路地から表通りに投げだした。
「両手を見える位置に上げて、ゆっくりと出てこい!」
アサオ兵の呼びかけにしたがって、タカユキは両手を上げて路地から出る。五人のアサオ兵が、タカユキを遠巻きにして銃口を向けていた。
「その肩にかけているものは?」
この五人の隊長らしい兵士が、問いかけてくる。
「血液だ。重傷の者がいて、輸血を必要としている」
「見せてみろ。ゆっくり! ゆっくりと、だ」
タカユキはケースを地面に置くと、血液の入ったパックを持ち上げて見せた。
「おまえ、仲間を救うためにわざわざ血液を取りに出たのか?」
「そうだ」
「こうなることは考えなかったのか?」
「もちろん考えた。だが、仲間の命を救うには、こうするしかない」
タカユキが答えると、アサオの隊長はにやりと笑った。
「肝のすわった野郎だ。おれはあんたみたいな男、嫌いじゃないぜ」
どうやら話のわかる相手のようだ。タカユキは賭けてみることにした。
「仲間のところにこの血液を届けさせてくれないか?」
アサオの隊長は、今度は声をあげて笑った。
「おれたちは今、命の取り合いをしてるんだぜ。せっかく死にかけている敵を、どうして助けなくちゃならない?」
「輸血が必要なほどの大ケガなんだ。どのみちこの戦闘には参加できない。もしも彼が死んだら、治療にあたっている兵士たちが復讐に燃えて向かってくるぞ。だが、治療が続いている限りは、その数人も戦闘には参加できない。それに……なによりもおれが、あんたたちに恩義を感じる。もしもこの戦闘があんたたちの不利な方向に進んでも、おれがあんたたちに恩返しできるだろう。もちろん、この血液で救われる仲間も、彼を助けようとしている他の連中も、この恩に報いようとするはずだ」
タカユキは一気に言ったが、アサオの隊長は表情から笑みを消して、舌打ちをした。
「おれはそんな未来の約束は信じない。大切なのは今だけなんだよ」
血液をケニチに届けようとするタカユキの思いは、アサオ兵の心を動かせるのか。
一方で、アウムと戦い続けるシオンとクロードには限界が訪れる。
次回『串刺し』にご期待ください。




