中立の視点
「あの反応は、『イエス』の意味ですよ。アヤはタカユキにレイプされたんだ」
ジョージは言ったが、ソーマは首を横にふるばかりだった。
「しかし、そう主張しているのは、現段階ではあなただけだ」
ジョージは完全に頭にきた。
「あの野郎を無罪にするように、賄賂でも受け取ったんだろう? だからそんなふうにあいつの肩を持つんだ」
「そんなことはない」
ソーマは冷静に言った。その様子が、ジョージの神経をさらに逆撫でする。
こいつ、とりすましていけ好かない野郎だ。カズマ社長の御曹司だからっていい気になりやがって。
「嘘をつくな。あの暴れ者を擁護する理由なんて、そのくらいしかないだろうが。絶対に賄賂を受け取ってるんだ、こんちくしょうめ」
ジョージははき捨てるように言った。
「それは、わたしに対する収賄の告発かな? そうであれば、この場で受理する。別途公聴会を開き――」
「もういい! くそったれの公聴会も、くそったれのヤマウチ・エンターブライズも、全部この世界から消えてなくなっちまえ!」
ジョージが椅子を蹴って、部屋を飛びだした。
誰も味方になってくれないなら、自力でなんとかするしかない。タカユキの野郎には、必ず報いを受けさせてやる。
必ず、だ。
疲労困憊して、ソーマはため息をついた。
可能な限り中立の視点で、事実だけを見きわめようとしているのだが、結果として訴えをおこしたジョージ・アリサカをひどく傷つける形になってしまった。
心理的に、ひどく消耗する。
父に助言を求めたい気分だったが、父がなにも言ってくれないのはわかっていた。判断を任されたからには、最後まで自力でやり通さなければならない。
ソーマはちらりと父のカズマを見た。
カズマは相変わらずソーマのやることには興味がなさそうに、窓から外を眺めている。
「父さん、オリオを借ります。彼なら、今回の事件の関係者について、町で情報を仕入れてこられるでしょう」
「ああ。だが、オリオにはリツカがくっついているからな。あまり危ない真似はさせないでくれよ」
そうだった。
ソーマは自由闊達な妹の顔を思い浮かべる。
もっとも、オリオがリツカを危険な目にあわせるはずもない。彼なら自分の身を盾にしてでも、リツカを守ろうとするだろう。
……ああ、そういう意味か。
ソーマは父の真意に思い至った。父も、リツカに危害が及ぶとは思っていないのだ。リツカを守ろうとしてオリオが傷つくことを心配しているにちがいない。
「わかりました。十分に気をつけます」
翌日の昼、シゲはタウンホールに入った。
何度も来たことがあるが、これまでになく警戒が厳重だった。さすが、ヤマウチ家の人たちが滞在中ともなると話がちがう。
いつもならば警備の兵隊なんかには絶対に近づいたりしないが、今日は別だ。とはいえ、話すならこわもての男相手よりは、女のほうがいい。
シゲは、長い髪を束ねた女性兵士に声をかけた。彼女は小銃を手に奥への通路を守っている。
「こんちは」
女兵士は無言でシゲを見た。いや、口元がわずかに動いたようなので、なにか言ったのかもしれない。
声、ちいさっ。
シゲは女の顔をまじまじと見つめた。笑えばそこそこいい女に見えるはずだ。でも表情にとぼしく、性格が暗そうだ。残念だった。
「えっと、オリオに用があって来たシゲってもんだけど。会える?」
「……奥へ……右側のドア……」
前半は聞き取れなかったが、通してくれるらしい。
「どうも。ねーちゃん、せっかくきれいな顔してるんだから、もうちょっと表情を明るくしたほうがいいぜ。それじゃ」
シゲの言葉に、女兵士は困惑の表情を浮かべた。シゲは女兵士に手をふり、通路を奥に進む。言われたとおり、右側のドアをノックして、開けた。
「こんちは。入るよ」




