永遠の孤独
ユーナは、壁に寄りかかっていたエマが倒れるのを見て、あわてた。エマはすでに絶命しているショーに手をのばしている。
ユーナが駆け寄った時には、エマはショーの手を握って満足そうな笑みを浮かべていた。
「エマさん! しっかりしてください!」
ユーナはエマの肩をたたいた。エマはユーナの声にはこたえずに、ため息のようにちいさく息を吐く。
そして、二度と息を吸うことはなかった。
ユーナは唇をかみしめて、天井を見上げた。みんな死んでしまった。建物の外で撃たれたライアンもノブオも、建物の入り口付近で撃たれたリューイチもヒロトも、そしてこの部屋にいるエマもショーも、みんな死んでしまったのだ。
残されたのはユーナだけである。
両親があいついで病死して、兄のユーキは任務中に流民に殺されてしまった。いつも、みんな先に死んでしまって、ユーナ一人だけが残される。
ユーナは両手で顔を覆った。
一人はいやだ。孤独が怖いのだ。誰かと一緒にいたい。誰かのぬくもりをいつも身近で感じながら、安心したい。なのに、みんな先に死んでしまう。まるで、神様がユーナに永遠の孤独を強制しているようだった。
エマはショーの手を握ってこと切れたが、その顔にはおだやかな笑みが浮かんでいた。そのことが、ユーナにはうらやましい。エマに死が訪れる瞬間に、そばに大切な誰かがいてくれたのだから。
わたしはこのまま一人で生きて、一人で死ぬの?
そんな絶望に満ちた年月を長く生きるくらいなら、今ここで死ぬほうがマシだった。
ユーナはあふれだす涙をこらえることができなかった。
泣き虫ユーナ、バカユーナ。しっかりしなさい。
ユーナは自分に言い聞かせたが、涙は止まらない。
『泣きたければ泣けばいい。泣くのはいいことだ。心の中にたまった悪いものが、涙と一緒に出ていってくれるからな』
不意に、ミキ・ウィリアムズ隊長の言葉を思い出した。白髪をきれいになでつけた長身で凛々しい指揮官は、ユーナにとってあこがれの人物だった。
『ユーナ。誰しもが、いつか必ず死ぬ。いつまでたっても、人の死に慣れることはない。だから、泣けばいいんだ。でも、気がすむまで泣いたら、行動しろ。残念ながら、わたしたちはまだ生きている。生きている以上は、行動しなければならない』
かつて、ミキはそう言ってユーナをはげましてくれた。
そのミキが今、工場で戦っているのだ。ミキのためにも、ユーナは解析結果を届けなければならない。
ユーナは涙をぬぐった。深呼吸をする。データの入ったメモリースティックは、胸ポケットに大切にしまった。床に落としていた小銃をひろい上げて、装填を確認する。
よし。これでいい。もう十分に泣いた。行動の時だ。
タカヤマに一台だけ残された車両に乗っていくしかないが、ユーナは自分で運転をしたことがない。それでも、見よう見まねで運転してみるしかなかった。
とにかく、行動しなくては。
エマとショーの遺体を見て心の中で冥福を祈ると、ユーナは部屋から走り出た。
モップを積んだ輸送機は、工場付近を迂回して南東からタカヤマに接近していた。
カール・シュライアーは輸送機を護衛しながら、工場のある方角たまに閃光が見えることに気がついていた。工場の近辺では、今まさに戦闘が行われている最中だということである。
今も味方が命を賭けて戦っている。
そう考えると、カールはすぐにでも加勢に行きたい気持ちになってしまう。しかし、その思いを、カールは飲みこんだ。チームγの任務は、モップの回収と輸送である。これが終わりさえすれば、いつでも加勢に行けるだろう。
前方の地上にあるちいさな明かりの列が近づいてきた。タカヤマの郊外に作られた、臨時の滑走路だ。
(輸送機、タコの順に着陸。全員防護服を装備。機体の消毒後、防疫態勢をととのえろ)
オリオからの発光信号に、カールは首をかしげる。
防疫態勢とは、大げさな。
機体の消毒さえ済んでしまえば、感染の危険はないはずだった。そんな大げさなことをするよりも、早く工場を攻撃中の味方に加勢しに行くべきではないのか。
不満を感じていたカールだったが、次の発光信号を見て愕然とした。
(我、感染の兆候あり。治療薬の準備を求む)
見間違いを疑ったが、繰りかえされた信号の内容も同じだった。カールは息を飲んだ。
オリオが……感染だって?
いよいよ感染の兆候が明らかになったオリオ。
かつて周囲に死の恐怖を振りまいていた空の悪鬼は、おのれに忍び寄る死を前になにを思うのか。
次回、『死の影』にご期待ください。