不毛の荒野
太陽は非情だ。
雲ひとつない青空から、鋭い日ざしが褐色の大地に突き刺さっていた。かわききった地表面は、場所によって摂氏五十度にも達していた。
容赦のない太陽から身を守るために幾重にも巻いた日よけストールをとおして、ジュンは熱くほこりっぽい空気を吸いこんだ。
喉が灼けるようだった。
ジュンはあえぎながら、陽炎でゆらめく景色に目をこらした。
不毛の荒野。枯れた川の痕跡。かつては都市の一部だった瓦礫。どこまでも同じような景色が続いている。
必死に記憶をたぐり寄せたが、幼い頃に何度か来ただけの土地である。思い出せるはずもなかった。
ジュンは太陽の位置を確認した。おおむね正しい方向に進んでいることは、まちがいない。しかし、正確な現在地は知りようがなかった。目的地は遠ざかっていないはずだ、と自分に言い聞かせることしかできない。
不意に、にぎっていた妻の手がすりぬける。ふり返ると、妻は乾燥した荒野に両手をついてうつむいていた。かぶっていた帽子がずれて、妻の後頭部に強烈な日ざしが突き刺さっている。ジュンは妻に近づくと、自分の体で日陰をつくってやった。
「しっかりしろ、カレン。もうすこしでヤマウチ領だ」
カレンは荒い息をはきながら、無言で二度、ちいさくうなずいた。
すまない。
ジュンは心の中でカレンに詫びた。最初に『もうすこし』と言ってから、すでに半日以上が経過していた。ミヤマ領を出発してからは、もう三日目である。同行者の誰もが疲れ果てていたが、体の弱いカレンの消耗はいちじるしい。
ジュンは自分の水筒をカレンの口に近づけた。カレンは首を横にふったが、ジュンはむりやり水を一口ふくませる。節約して飲んできた水はもう底をつきそうだったが、今の妻には水が必要だ。
引きずるような足音をたてながら、女が近づいてきた。ミヤマ領主からのセクハラに耐えかねて脱走に加わった若い女で、名前はエリナといった。
「本当に道はこれで合っているの?」
エリナの問いにジュンはちいさくうなずいて、行く手を指した。
「ああ。あの丘陵を越えれば、そこはもうヤマウチ領だ」
たぶん。
「あなたの記憶にかかっているのよ。お願いね」
エリナの言葉に、ジュンは無言でうなずいた。
そんなことはわかっている。
もともと、体の弱いカレンは逃避行に耐えられないと言われていた。しかし、ジュンは妻が一緒でなければ道案内はしないと言い張って、カレンをこの脱走計画に加えてもらったのだ。カレンに対してだけではなく、その他の同行者たちに対しても、目的地へ連れていく責任がジュンにはあった。
傲慢で無慈悲なミヤマの領主に対して、ヤマウチの領主は寛大で公正な人物だという。ヤマウチ領へ行けば、地獄のような奴隷生活から解放される……そう信じて、ジュンたち八人はミヤマ領から脱走してきたのである。
とにかく、ヤマウチ領に着きさえすればいい。ヤマウチの領主が噂ほどでなくても、ミヤマ領にいるよりはましな生活ができるはずだった。
体の弱いカレンに、すこしでも楽な生活をさせてあげたい。
そのためにも、前に進まなければ。
「立てるか、カレン」
カレンの手を引いて立ち上がらせたとき、誰かが鋭く声を上げた。
「空を見ろ!」
見上げると、雲ひとつない青空の中、ゆっくりと旋回する航空機が見えた。
中型から大型の機影は、おそらく輸送用だろう。目をこらすと、翼に描かれたロゴマークが見えた。MYMの三文字がからまりあう赤いロゴは、ミヤマ・ホールディングスのものだった。
ちくしょう、追っ手だ。
ジュンは前方を指して声をふりしぼる。
「涸れ川づたいに向こうの丘陵まで行けば、身を隠す岩場もあるはずだ。急げ!」
仲間たちが早足に進みはじめるのを見届けてから、ジュンもカレンの手を引いて歩きだした。しかし気持ちばかりがあせって、思うように足が前に出ない。カレンはつまずいて、また転んでしまった。
「……あなた。わたしはもうだめ。ここに置いていって」
「バカを言うな」
「つかまっても、わたしはミヤマ領に連れ戻されるだけよ。あなたには、みんなをヤマウチ領に連れて行く使命があるでしょう?」
カレンの言葉に、ジュンは唇をかんだ。