流民の首領
サンは、ミズとともに歩いていた。
太陽はすでに沈み、西の空に残る茜色の光も急速に衰えつつあった。闇に沈みつつある定住民の街が見える。
「あれがタカヤマだ」
サンが声に出して言うと、ミズは高周波の音響信号で返事を送ってきた。
(既知の情報につき報告は不要)
不思議だった。ミズはもともと情の深い女で、こんな話し方はしなかった。彼女がミズであることは疑う余地がないのだが、違和感はぬぐえない。
違和感という意味では、サン自身もそうだ。
もともとサンは「じいめくの大洞窟」を根城にして一帯を支配していた、流民の首領である。大洞窟から発掘された遺物を使って周囲の部族を駆逐し、次々と併呑して、勢力を拡大していた。タカヤマの周辺まで勢力を拡大するのも時間の問題であった。
裏切り者のテツが定住民たちを連れて来るまでは。
テツと定住民たちの攻撃を前に、サンは敗北した。記憶は、大洞窟の奥の間まで逃げて隠れていたところで途切れている。
その後、なにが起きたのかはわからないが、サンは強力な体を手に入れていた。あの強靭な肉体を持つテツにも負けない、金属製の大きな体である。自分が変わったことはわかるし、その変化に違和感も感じてはいるが、良い方向に変わったのだという強烈な信念のようなものがあり、違和感を薄れさせていた。
(行動逸脱警告。工場への帰還を強く命令する)
サンの頭の中に声が響いた。
まただ。声に従って大洞窟に戻りたいという強い欲求に駆られるが、サンにはそれよりもさらに強い欲求があった。
タカヤマの近辺を支配するナナの部族の女たちは美しく、男を喜ばせるさまざまな術を身につけているという。その噂を聞いてからは、それこそがサンの戦う目的だった。
タカヤマでナナを倒し、女たちを手に入れる。成し遂げることができれば、美しい女たちに囲まれてさぞや楽しい生活ができるだろう。
(行動逸脱警告。工場への帰還を強く命令する)
ふたたびサンの頭の中に声が響く。
うるさい。おれに命令できるのはおれだけだ。
サンは自分の頭を小突いて、タカヤマへと歩をすすめた。
ショー・タケダは、机上に投影されたホロ・モニターから顔を上げた。
「エマさん、解析結果が出ました! クラスターアドレス7D56FAA0からが標準記憶領域です。ジーメック社のC仕様でデータの読み取りが可能です」
「いいぞ。すぐに読み出しシーケンスをスタートする」
エマが素早くコンソールを操作した。エマが使っているモニターにデータ読み取りの進捗をあらわすバーが表示される。0.0%だった表示が0.1%に更新された。
「やっとここまできたか。おつかれさん、ショー」
エマは大きく息を吐きながら、やや疲れた様子で椅子に体を沈める。
ショーも疲れてはいたが、エマがまた名前を呼んでくれたことで、まだまだ頑張れそうな気がした。
「ありがとうございます! あの……エマさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「もちろん、いいぞ」
「どうして急にぼくの名前を呼んでくれるように、その、なったんですか?」
「またくだらないことを聞く」
エマは苦笑した。
「す、すみません……でも、ぼくにとっては重要なことなんです。あこがれのエマさんから名前を呼んでもらえるなんて……」
「気まぐれで名前を呼んでみてもいいかなと思ったのは、隊長さんたちに呼び出された時だな。ショー、あんたはあの面倒くさい隊長さんが怒ったときに、あたしを守ろうとしてくれただろう? 誰かに守ってもらえるのは、存外うれしいものだった。まあ、そのお礼みたいなものだ」
いつも淡々としているエマが、すこし照れたような表情を浮かべた。ショーはそんなエマの顔を幸せな気持ちで見つめた。
「お礼だなんて、とんでもないです。ぼくはただエマさんを守りたい一心で……」
「もっとも、あんたの名前があの面倒くさい隊長さんみたいに長ったらしい名前だったら、あたしはおぼえる気にも呼ぶ気にもならなかっただろうけどね。その意味じゃ、あんたの名前が短い音節だったことが最大の理由——」
屋外から大きな音が聞こえた。遅れて銃声もする。ショーはエマと顔を見合わせた。
「エマさん、今のは……」
「ああ、間違いない。衝撃波兵器が使われた音だ。新たな生体アウムがここに来たんだよ」
生体アウムに改造された流民の首領、サン。
エマとショーの技術者コンビが、サンとの戦いに挑む。
次回、『時間かせぎ』にご期待ください。




