正確な砲撃
ナツオはおそるおそる目を開けて、ふさいでいた耳から指をはなした。近くに着弾した八十ミリ砲の爆音が、まだ頭の中で鳴り響いているようだった。
ナツオは自分の体に降り注いだ瓦礫をどかしながら、自身の状態を確認した。右手も左手も動く。右脚も大丈夫。左脚はアウムの機銃にやられた傷が痛むが、それ以上ではない。胴体にも傷はない。砲撃で飛び散った大量の粉塵を全身にかぶって、口の中がじゃりじゃりしているだけだ。
大丈夫。おれはまだ生きてる。
ナツオはひとまず安心して、周囲に意識を向けた。砲撃を生きのびたアウムと、再度突入してきた味方が交戦をしている。無傷のアウムが減ったおかげで、味方が優勢だった。
ナツオも手元の小銃を確認する。
よし、いける。
ナツオは動いているアウムに向けて小銃を連射した。弾倉が空になったので、ふたたび瓦礫の陰に身を隠す。
そこに、ルナが駆け寄ってきた。
「隊長、傷の具合は?」
「左脚をすこし削られただけだ。問題ない」
「まったく、嫌われ者は長生きするっていうのは本当ですね」
ルナの毒舌に、ナツオは笑った。
「いや。さすがのおれも、今回は死ぬかと思ったよ」
「え? 死ぬかもしれないと思って砲撃させたんですか?」
「しかたないだろう。砲撃以外にあの数のアウムに対処する方法はなかった」
「もっと自分の命を大切にしてください。隊長が死んだら……わたし、困ります」
ルナがナツオをにらみつけた。ナツオはにやりと微笑む。
「それは愛の告白と受け取っていいか?」
「バカ言わないでください。隊長を死なせた部下なんて、格好悪いからなりたくないだけですよ。くだらないこと言ってないで、ここを制圧しますよ」
ナツオはルナに敬礼してみせた。
「了解、影の隊長どの」
ミキは、ボロボロになった指揮車をまわりこんできたアウムに向けて、拳銃を撃った。
アウムの左腕から火花が散ったが、武器を破壊できたかはわからない。
アウムは右腕の機銃をゆっくりとミキに向ける。ミキは銃弾を撃ち尽くした拳銃をアウムに投げつけて、微笑んだ。
「わたしを殺しても、代わりの指揮官はいる。わたしがいなくなっても、第二のわたしが生まれてくる。ただの会計士だったわたしが戦えたんだ。他の誰だって戦える。だから、わたしたち人間は、あんたたちアウムには絶対に負けない。負けるはずがない」
ミキがそう言い放った次の瞬間、うなりを上げて飛んできた砲弾がアウムに命中した。アウムは機銃を撃ちながらひしゃげて、ミキの目の前から消えた。
同時に、衝撃でミキは吹き飛ばされる。
気がつくと、ミキは地面に転がっていた。右腕に激痛を感じて、顔をしかめる。見ると、右腕の前腕が途中からなくなっていた。骨と肉が露出した傷口からは、ミキの鼓動に合わせてリズミカルに血が吹き出している。
なんと。アウムが最後に撃った機銃弾で、右腕を持っていかれたか。
ミキはベルトを抜いて上腕を強く締めつけた。ベルトを歯でくわえて保持しながら、落ちていた小石を止血点に押し当て、さらにベルトを締めあげる。痛みで思わず声がもれたが、歯を食いしばりながら耐えた。猛烈に痛いが、血は止まった。
問題ない。命を失うはずだったのが、腕一本で済んだ。安いものだ。
ミキが右腕の止血をしている間に、さらに別の砲弾が着弾して、もう一体のアウムも消し飛んでいた。この上なく正確な砲撃である。間違いなく三号車のケンゾー・ツカハラの仕事だろう。
ミキは立ち上がり、三号車を見た。一台だけ反転して、こちらに砲口を向けている。いい判断だった。ミキは三号者に向けて親指を立てて、ケンゾーを称えた。
「生体アウムは三号車が片づけてくれたぞ! 生存者は出てこい、発光信号を送りたい!」
ミキは指揮車の周囲に向けて声を張り上げる。ふらつきながら近づいてきた若い兵士にうなずきかけた。
「おまえ、ケガはないか?」
「はい、でも……隊長のその腕……」
「気にするな。命拾いをした。今はそれでじゅうぶんだ」
その時、ポイントE5から発光信号があった。
(制圧完了。損害は軽微)
ミキは満足して微笑んだ。
「よろしい。発光信号! 第九、第十小隊はポイントE5に移動して第七、第八小隊と合流。工場内に突入せよ。第三、第四小隊は本隊に合流。新たな出入り口の警戒にあたれ!」
いよいよ激しさを増す戦闘の中、人類側はやや優勢となった。
これに対して、工場側は次なる攻撃をしかけてくる。
次回、『陽動』にご期待ください。




