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操翼士オリオ 〜 Another Mission 〜  作者: 滝澤真実
第九章 あきらめるな、前を向け
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墜落するレイチェル機

 ユイは繰り返し深呼吸をした。

 しかし、いっこうに気持ちが静まらない。操縦桿をにぎる右手が、ひどく震えている。

 怖い。

 ずっと、なにも考えずに飛んできた。しかし、機体と地面との間には、空気しか存在しないのである。考えれば考えるほどに、不安定な状態で空に浮かんでいる状況が怖くてしかたがなくなってきた。

 やっぱりタコになんか乗るんじゃなかった。ユイが藤色の幻夢などと呼ばれたのは過去の話で、今ここにいるのは不慣れな飛行に怯えるただの中年女なのである。

 もちろん、レイチェルを救うために飛ぶしかなかいのはわかっているのだが……。

 レイチェル。

 ユイはあわててレイチェル機の位置を確認する。集中力が完全に切れて、なすべきことを忘れていた。レイチェル機を追尾している誘導弾を破壊しなければいけないのに……。

 レイチェル機がユイ機に近づいてくる。

 ユイはすれ違いざまに誘導弾を破壊すべく、ニードルガンの照準を定めようとした。

 しかし、正面から高速で近づいてくるレイチェル機とぶつかってしまうのではないかという恐怖が、ユイの体を凍りつかせる。さっきまで何も考えずにできていたことが、とてつもなく困難に感じられる。

 怖い。怖すぎる。無理だ。やらなくちゃ。でもやっぱり無理。

 ユイはニードルガンを撃った。ニードルガンは誘導弾に命中せず、ユイ機はレイチェル機とすれ違った。

 レイチェル機との距離がたいして近くもなかったのに、怖くて体が震えた。気持ちの悪い汗が全身から吹き出す。

 ごめんなさい、レイチェル。わたし、もう無理だ……。


 レイチェルは、ユイ機の動きがおかしいことに気づいていた。操縦が鈍いどころのさわぎではない。動きが散漫で、集中力の糸が切れてしまっているのが手に取るようにわかる。

 すれ違いざまに誘導弾を狙う時も、レイチェル機との正面からの接近を怖がるようなそぶりを見せた。そして案の定、ユイは誘導弾を撃ちもらしてしまった。

 レイチェルは微笑んで、ゆっくりと息を吐いた。

 ありがとう。もうじゅうぶんよ、ユイ姉。本当によくやってくれたわ。ユイ姉がいなかったら、ここまでできなかったんだから。

 レイチェルは誘導弾をひき連れながら、タコを墜落させる場所を探して周囲を見回す。

 ちょうどいい場所を見つけた。

 レイチェルは目標にねらいを定めながら、誘導弾との距離を図った。誘導弾に追いつかれるまで、あと五秒。四、三……。

 脱出レバーを引いたレイチェルは、コクピットの座席ごと空中に放り出される。その直後、レイチェルの青いタコに誘導弾が命中して爆発した。


 キョーヘーはエーイチに肩を貸しながら虫型アウムを見た。

 強がって『俺たちは死なない』などと言ってみせたものの、それは望み薄だった。この狭い屋上でアウムから逃げる方法はない。唯一の可能性はキョーヘーが機銃の銃座にとびついてアウムを撃つことだったが、銃座にたどりつく前に蜂の巣にされてしまうのがオチだった。

 どうしようもない。

 そう、それが答えだった。キョーヘーは思いついたアイデアをすぐに実行にうつした。

「おれたちは丸腰だ! 負傷者もいる! 敵対する意志はない!」

 キョーヘーは両手をアウムに見えるように広げて、呼びかけた。

 アウムは機械であり、動かしているのはプログラムである。そして、プログラムには、優先度や目標がインプットされているものだ。無差別な殺傷をおこなって人的被害を拡大させることが目標であるかもしれないが、脅威度の高い人や物の排除が目標であるかもしれない。

 後者ならば、丸腰の人間や負傷者を攻撃することはないだろう。

 大戦末期の自動工場から出てくるアウムは無差別殺傷がプログラムされたものが多かったというから、危険な賭けだった。

 しかし、アウムは攻撃してこなかった。キョーヘーは賭けに勝ったのである。

 アウムは機銃を空に向けて連射しはじめた。

 見ると、レイチェルの青いタコがまっすぐに落ちてくる。機体後部に誘導弾を受けて爆発し、完全に制御を失っていた。アウムはしばらくタコを機銃で撃っていたが、途中で攻撃をやめて、墜落するレイチェル機との激突を避けるために跳躍した。

 キョーヘーには、それだけの時間があれば十分だった。キョーヘーはエーイチから離れて機銃にとびつき、墜ちてきたタコから逃げたアウムに狙いを定める。

 屋上にレイチェル機の残骸が激突するのと同時に、キョーヘーの機銃が火を吹いた。

チノでの戦いはいったんの決着を迎えた。

タコは失われて、アウムは残った。感傷にひたる時間など、誰にも残されてはいない。

次回、『お別れ』をお楽しみに。

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