虫の知らせ
突如絶叫しはじめたゴーを見て、ショーはエマと顔を見合わせた。
合成音声で息継ぎの必要がないため、ゴーの叫びは途切れることなく続いている。ショーには不快で耐えがたい声だった。
しかし、エマはあわれみの表情を浮かべてゴーを見る。やがて感極まったようにつぶやいた。
「ああ、かわいそうに」
エマはそう言うと、ゴーの頬に触れる。ショーはあわてた。
「あの、エマさん。あぶなくないですか?」
「大丈夫。噛みついたりしないさ。この子は突然のことに驚き、おびえてるだけなんだ。心配いらないからね、よしよし」
ゴーの頬を撫でているエマのふるまいに、ショーは感動していた。人間であった部分の残りが少ないとは言っても、ゴーは無精髭をはやした中年の男である。それを、エマはまるで小動物か子どものように呼びかけ、あやしているのだ。そして、そのエマの行動のおかげで、ゴーも落ち着きを取り戻しつつある。
なんてすごい人なんだろう。エマさんは最高だ。自分もあんなふうに触れられたい……。
ショーがゴーにわずかな羨望を感じていると、エマは不意に厳しい顔でショーをにらんできた。
「ぼうっとするな。あたしが落ち着かせるから、その間にあんたが質問して情報を聞き出すんだ」
エマに言われて、ショーはあわてて背筋をのばした。
「あ、はい!」
午後になり、気温が急上昇していた。
駐機場近くの仮設テントの中で汗をふきながら、クリストファーは陽炎でゆらめく地面をにらみつける。地上から双眼鏡で見ていても、これでは遠くのものは確認できない。
空からなら、もっと遠くを見渡すことができるのだが……。
そう考えて、クリストファーはいかに自分が飛びたがっているのかに気づいて苦笑した。
残念ながらクリストファーの今回の立場では、味方を信じて任せることが仕事の中心になる。あらたなアウムの接近も、交代で空に上がっている味方のタコに発見してもらうしかなかった。
しかし、この酷暑の中で待ち続けることは、体も心もすり減るような思いだった。
今は鹵獲した生体アウムの調査結果が技術班から上がってくるのを待っているのだが、予定では追加物資を積んだレイチェルの輸送部隊が到着してもおかしくない時刻だった。気心の知れたレイチェルが着いて話ができれば、すこしは気が晴れるだろう。
そんなことを考えていると、足音が近づいてくるのが聞こえた。
振り返ると、足音の主はアムリーシュであった。
「アムリーシュ、なにをやってるんだ。空調の効いた涼しい市街地の救護施設で、のんびり看護師を口説いてくるんじゃなかったのか?」
「打撲六ヶ所と鼻血くらいでは、長居させてもらえんかったわい。なかなかかわいらしい看護師がおったのじゃが、残念じゃ」
アムリーシュはちいさく笑いながら言った。
「まあ、看護師も自衛する必要があるから、危険なケダモノを追い出したんだろうさ。それよりも、俺になにか用か? ここに来ても女っ気はゼロだぞ」
クリストファーは言いながら、テント内の椅子をアムリーシュにすすめる。アムリーシュは、よっこらしょとつぶやきながら椅子に腰をおろした。
「退屈しておると思ってな、クリストファー。おまえさんのことじゃ。どうせ暇をもてあまして、うずうずしておったのじゃろう?」
クリストファーは苦笑した。
「ご明察。鹵獲した生体アウムの調査結果を待っている。レイチェルの到着も待っている。ところが、知ってのとおりおれは待つのがひどく苦手だ」
「レイチェルか。予定ではどのくらいに到着することになっておったかな?」
「約一時間前だな」
クリストファーが答えると、ふとアムリーシュの表情がくもった。
「らしくないのう。レイチェルはああ見えて、真面目で時間を守る子なのじゃが」
「物資の積みこみが予定よりも遅れたとか、まあそんなところだろう」
アムリーシュは顔をくもらせたまま、ため息をついた。
「なにか良くないことが起きておらねばいいのじゃが。久しぶりにタコを墜落させたせいで、わしも悲観的になっておるのかもしれん」
アムリーシュの言葉を聞いて、クリストファーも表情をくもらせた。経験を積んだ操翼士は、ごくわずかな兆候から異変を察知する能力が研ぎ澄まされるものである。俗に虫の知らせと呼ばれるものだった。操翼士としての経験では並ぶ者のいないアムリーシュが感じている違和感なのだとすれば、それはけっして無視することができない。
クリストファーは即座に決断した。
「念のために、一部隊を迎えに行かせよう。俺はアムリーシュの直感を信じる」
「いいのか? 空振りになるかもしれんじゃろう」
「それならそれでいいじゃないか。行動せずに後悔するよりも、行動して後悔したい」
チノへで輸送部隊の出発準備を進めるレイチェル・ブルーム。
しかし、大部隊を送り出して手薄になったチノにも、危険が迫っていた。
次回、『アウム接近警報』にご期待ください。




