化け物
カール・シュライアーは、オリオの操縦技術に舌を巻いていた。
アウムの位置をカールが知らせた直後のオリオ機の加速は、カールにはなにが起きたのかわからないほどなめらかだったのである。カールはあわててオリオ機を追ったが、完全に引き離されてしまっていた。
これで利き腕を負傷している操縦なのだとしたら、万全の状態がどれほどのレベルなのか、想像もできない。
すでにアウムはオリオ機に狙いを定めて追尾しはじめていた。どうやったらアウムが反応して自分を追ってくるのか、オリオはよくわかっているようだった。気がつくと、オリオはアウムをカールが捉えやすい位置に誘導していた。
アウムを背後に背負いながら、味方の位置も完全に把握している。
すごい。予想以上だ。これが、伝説と呼ばれる男の操縦か。普通の操翼士の存在がかすんでしまうわけだ。
カールは思わず笑ってしまった。
不規則な動きでアウムの機銃をかわし続けるオリオ機の動きに感心しながら、カールはアウムの背後にはりついた。しかし、アウムはオリオ機の不規則な動きに反応して動くため、カールもなかなか狙いが定められない。
これは厄介だな。
そう思った瞬間、オリオ機の動きが平板になった。アウムの動きも止まったように見えた。カールは迷わずアウムにニードルガンを撃ちこむ。カールの放ったニードルガンがアウムに命中した時には、オリオ機は急加速しながら左旋回をして、アウムの機銃をかわしていた。
カールは衝撃を受けていた。
カールがアウムを撃ちやすくするために、オリオは動きを止めたのだ。そして、自分がアウムに撃たれる直前に、ふたたび回避行動をとった。ほんの一瞬のできごとである。オリオ・ミズハラという男は、そんなまたたきをするような時間を制御しながら飛んでいるということなのだ。
やっぱりいいね。黒騎士先輩。
カールは墜ちていくアウムを見送ってから、賞賛の念をこめてオリオ機に目を向けようとした。しかし、カールが想像していた位置にオリオ機はいない。
おっと、どこに消えたんだ?
あわてて周囲を見まわす。と、すさまじい速度で輸送機の方向に戻っていくオリオ機が見えた。輸送機の方向には、あらなた赤い煙が漂っていた。
アウム。もう一機出たのか。
カールはあわててオリオ機を追いながら、唇をかんだ。オリオは、アウムに追尾されている時から輸送機側で上がった赤い信号弾に気づいていたに違いない。追尾してくるアウムを見て、カール機も見て、輸送機にも気を配っていたということである。そして、輸送機の危機を知って、こちらのアウムをはやく片づけるために動きを止めた。カールがそのチャンスを逃さずにアウムを墜とすと信じて。
オリオ・ミズハラは、化け物だ。
カールは自身を恥じた。若くして実績を残したカールには、『黄金の貴公子』というあだ名がつけられている。しかし、それでいい気になっている場合ではなかった。上には上がいる。オリオの腕に、カールはまだ遠くおよばない。
カールは輸送機の方向に引き返しながら、思わず言葉をもらした。
「これは参ったな。追いつくにはずいぶん時間がかかる……」
オリオはうめいた。
急な動きで体に負荷がかかったせいで、右肩の傷が痛みだした。しかし、この状況で無理をするなというほうが間違っている。
もう一機現れたアウムを片づけなければ。
もともと多くの敵と遭遇する想定などしていない部隊だ。わずかな手違いで、任務の遂行に支障をきたす損害を受けかねない。
オリオは交戦中の味方の様子を確認した。トムがアウムの標的になって逃げ、ロバートがアウムを追っていた。トムはうまくアウムを輸送機から引き離しているが、逃げ方が一本調子であぶなっかしい。アウムの機銃にまだつかまっていないのが不思議だった。追うロバートはアウムを捉えきれずに苦戦していた。輸送機についているのはモモ一人。カールは最初のアウム撃墜の余韻にひたりすぎたらしく、大きく遅れている。
やはり、オリオがやるしかない。
オリオは意を決して、タコをさらに加速させた。Gがかかって右肩に激痛が走る。しかし、オリオは歯を食いしばって出力ペダルをさらに深く踏みこんだ。
待っていろ、トム。今、片づける。
危機に陥ったトムを救うべく、オリオはタコを駆った。
その鬼気迫る姿が、新たな伝説を生む。
次回『赤き奇跡』をお楽しみに。




