せめてもの救い
「みんな、かかれ!」
リーダーの号令を受けて、男たちが殺到してきた。
こうなったら、もうやるしかない。オリオは腹をすえて、男たちを迎えうった。
先頭の一人が腰の入らないパンチを出してきたので、それをかわして銃把を鼻にたたきこむ。次の男がしがみついてきたところを、股間を蹴り上げて倒した。三人目のスタン・ロッドをつかんで四人目におしつけると、四人目は白目をむいて倒れる。その間に五人目の拳がオリオの頬を打ち、六人目は腰につかみかかってきた。
オリオは倒れまいとふんばりながら、六人目の目に指を突っこむ。そうしている間に五人目のパンチがふたたびオリオの顔面をとらえ、目の前に火花が散った。スタン・ロッドが腰のあたりに押しつけられ、オリオは体を硬直させて転倒する。
それから先はなにがどうなったかよくわからない。スタン・ロッドでしびれてしまった体で可能なかぎり暴れたが、数え切れないほど殴られ、蹴られた。
気がつくと、銃口が目の前にあった。
オリオはこれまでの人生を思い、自嘲した。
両親の死後、なにがあってもリナとリョーを守ると誓ったのに、守れなかった。愛するイチカの父を射殺した。行方不明になったイチカを見つけ出すこともできなかった。仇をとるためにゼロを探し続けたが、それも成し遂げられなかった。目指したものも手に入れられず、誰の役にも立たず、逆に害毒にだけなってきた人生だ。ここでゴミのように死ぬのも、仕方のないことなのだろう。
最後にあの少女を助けられたのが、せめてもの救いだ……。
「おじさん!」
少女の声がした。
バカ、なぜ戻ってきたんだ。
オリオは焦点の合わない目を、声の方向へ向ける。近づいてくる大勢の人影が見えた。
「この場はヤマウチ家当主、カズマ・ヤマウチがあずかる! 全員下がれ!」
威厳のある男の声が聞こえた。
「おじさん、死なないで」
視界に少女の顔が飛びこんできた。
少女の長い髪がオリオの頬をくすぐる。長い間忘れていた、心地よい感触だった。
「リツカ、どきなさい。ケガの具合をみてみよう」
誰かが少女をオリオから引き離した。
そうか。
この少女の名前は、リツカというのか。リツカとイチカ、響きがすこし似ているな……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、オリオは意識を失った。
「それが、お嬢さまとのはじめての出会いです」
オリオは懐かしそうに言った。
リツカは顔から火が出るような思いだった。おまじないのキスだなんて、なにを考えていたのだろうか。その日のことはぼんやりとながらおぼえているが、キスのことはまったく記憶になかった。
「オリオ、わたしがおぼえてないと思って、話を作ってない?」
「作ってないですよ。すべて事実です」
「オリオがわたしを抱いて走ってくれていたことは、ぼんやりとおぼえているのだけど。だめね、やっぱりおぼえてない」
リツカは首をふった。オリオは肩をすくめる。
「まあ、子供の頃の記憶なんて、そんなものですよ。とにかく、その日がわたしにとっての最大の転機でした。カズマさまは、わたしの過去をすべて知った上で雇い入れて、対外的には『重罪人である黒騎士を捕らえて無期限の労働奉仕に就かせた』ということにしてくれました。その他、わたしが過去にやったことに対する損害賠償請求についても、すべてカズマさまが肩代わりしてくれたようです。『過去にしばられて復讐に燃えていた男は死んだ。未来に目を向けて生きろ』というカズマさまの言葉が、今でも忘れられません」
リツカは、今は亡き父カズマとオリオの間に存在していたであろう絆を思って、胸が熱くなった。残念ながら、リツカにはカズマの代わりはつとめられないだろう。しかし、リツカにはリツカにしかできない方法で、オリオを支えることができるはずだった。
リツカなら、操翼士であり続けたいと願うオリオの気持ちを理解できる。家族を失って悪鬼と化したオリオの絶望は理解できないまでも、オリオが自身の過ちをどれほど後悔して恥じているのかは、はっきりとわかる。
「話してくれてありがとう、オリオ。わたし、これまで以上にオリオを身近に感じられる気がする。オリオの苦しみを本当の意味では理解してあげられないし、そのつらい記憶を消してあげることもできない。それでも、今のオリオは一人じゃない。苦しいときに頼っていい相手がここにいることを、忘れないでね」
長く感情を殺しながら生きてきたオリオ。
自身の過去と向きあったことで、忘れていた感情があふれだす。
次回、第七章最終話『泣くのも悪くない』をお楽しみに。




