忠誠心を証明する機会
「なんなのよ、オリオ、なんとか言ってよ!」
イチカが言ったが、オリオは返す言葉を持ち合わせていなかった。
なにも言えない。言う価値が自分にはない。自分は裏切り者。婚約者の一家を見捨てた男だ。オリオは感情を殺して、ただ自身を呪いながら立っていることしかできなかった。
ツバサが邪悪な笑みを浮かべて、イチカの体をなめまわすように見た。
「こういう躾のなっていない娘は、人買いに売り飛ばすのが相応でしょうな。人としてのたしなみも、男のよろこばせ方も、しっかり教えこんでもらえることでしょう」
「ツバサさま、それはちょっと……」
トールがツバサに声をかけた。
「ああ、そうでした。この小娘は、今回の功績に対する報奨として、トール・ザマくんにくれてやることになっていたのでしたね」
ああ。
すくなくともイチカが殺されるようなことはない。トールなら、そこまでイチカをひどい目にあわせることもないだろう。
これでいいんだ。
これでリナとリョーが戻ってきてくれれば。
オリオは必死で自分に言い聞かせたが、まったく納得できなかった。まるで物のように扱われているイチカのことを思うと、胸が張り裂けそうだった。しかも、オリオ自身がそれに加担しているのだ。最悪だった。
イチカの処遇を聞いて激昂し、ツバサに詰め寄ろうとしたヨージを、オリオは内心で詫びながら引き戻した。
ヨージに、ツバサが侮蔑の表情を向ける。
「女性は、人口を増やすのに必要不可欠な道具ですからね。大切に使っていきましょう。ですが、ヨージ・イワサキ氏の奥方、名前はなんと言いましたかな。彼女はもうさすがに出産するのは難しいでしょうから、あまり苦しまないように旅立たせてあげましたよ。わたしの慈悲深さに感謝してくださいね」
うそだ。イワサキ夫人はまだ生きていて、監禁されているだけだ。ツバサはヨージを挑発しているのだ。
しかし、ヨージがそのことを知っているはずもない。
「呪ってやる……」
ヨージが深い怨念のこもった声でつぶやいた。
「なにかおっしゃいましたか?」
ツバサがヨージの声を聞き取ろうとして、近づく。ヨージは、そのツバサの顔につばをはきかけた。
「呪ってやるぞ、ツバサ・アキモト。おまえも、おまえの血族もすべて、全員が悶え苦しみながら死ね」
ツバサは取り出したハンカチでヨージのつばをぬぐう。しかし、その表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
「呪いとはね。なんと前近代的な。いまどきオカルトははやりませんよ。まあ、領主がそんな程度の低い人間だから、こうして身内に足をすくわれることになるのですよ。……そうだ、エリゴスこと、オリオ・ミズハラくん」
急に呼びかけられて、オリオは困惑しながらツバサに目を向けた。
「あなたは最近になって味方に加わってくれたと聞きます。せっかくですから、ここであなたの忠誠心を証明する機会をさしあげましょう。この無礼で前近代的なクズ男、あなたのかつてのボスであるヨージ・イワサキを、この場で射殺してください」
ちくしょう。
どこまでやらせれば気がすむのか。
「まさか、オリオ。おまえはそんなことはしないよな?」
ヨージがおびえた表情でオリオを見た。
ちくしょう、ちくしょう。
そんな目でおれを見るな。
「だめよ、オリオ。お願い。やめて」
イチカの悲痛な声に、オリオの心はかき乱された。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
許してくれとは言わない、一生恨まれても構わない。
ただ、すまない、イチカ。
リナとリョーのためには、こうするしかないんだ。
オリオは小銃を構えるとヨージの頭に狙いをつけ、撃った。
地面に飛び散ったヨージの脳のかけらを見て、イチカが悲鳴をあげる。オリオは耳をふさぎたかったが、自分にはイチカの悲鳴も怨嗟の声も、そのすべてをきちんと聞く義務があると思った。
婚約者の眼前で、その父親を撃ち殺したオリオ。
進む道がイバラの道であっても、もはや引き返すことなどできるはずもない。
次回、『激怒』でオリオはさらなる地獄へと足を踏み入れる。




