家宰ロボット・エミリ
ジュンは目を覚ました。
やわらかなベッドに清潔なシーツ。真っ白な高い天井。窓からは明るい日ざしが入ってきているが、室内は空調がきいていて快適に保たれている。
すぐに、ジュンは自分がヤマウチ屋敷の客間にいることを思い出した。ミヤマ領を脱出して、ついに目的地に着いたのだ。噂どおり、ヤマウチ家の当主であるカズマ・ヤマウチは実に寛大な人物だった。身分の低い脱走借地人であるジュンたちを屋敷の客室に泊めるなど、破格の厚遇だと言える。
せめて、ここにカレンがいてくれたら……。
ジュンの気持ちは沈んだ。
カレンなしでは、この環境も楽しめない。過酷なミヤマ領にカレンをひとりで残しておくわけにもいかない。やはり、カレンのためにも、ジュンはミヤマ領へ戻るべきだ。
ヤマウチ領での快適な生活に慣れてしまう前に。
昨夜出むかえてくれたカズマ社長は、相談があればいつでも気兼ねなく声をかけてくれと言っていた。その言葉をそのままうのみにすることはできないが、ミヤマ領に帰る手段を相談する必要がある。
ジュンは部屋から出て、屋敷の使用人を見つけた。前日もジュンを部屋に案内してくれた若い女のメイドで、彼女はジュンの姿に気づくと声をかけてきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「快適でした。よくしていただいて、本当にありがとうございます。ちょっと相談したいことがあるのですが」
「あら、わたしでお力になれるかしら?」
そう言いながら、彼女はすこしうれしそうに微笑んだ。
「実は妻が途中でつかまって、ミヤマ領に連れ戻されてしまいました」
「ああ。それなら、もう旦那さまが手を打たれたみたいですよ。旦那さまは駐機場のほうにいらっしゃるはずです」
もう手を打ってある? ジュンがミヤマ領へ戻るためのタコを駐機場で用意をしているということだろうか?
困惑しているジュンを見て、彼女はくすくすと笑った。
「わたし、ここの生まれなのでこれが普通だと思っていたんですけどね。よそから来た人はびっくりするみたい。旦那さまには自由に誰でも話しかけていいし、気をつかわなくていいんですよ。とってもおやさしい方だから。この間なんて――」
「サーヤ。口ではなく手を動かしてください。リツカお嬢さまのお世話がまだではありませんか?」
いかめしい声が聞こえてきて、メイドはぺろりと舌を出した。
「はいっ。お客さま、失礼します。あとは家宰ロボットのエミリがお相手しますので」
メイドは勢いよく頭を下げると、風のように去っていった。
かわりに近づいてきたのは、女性型の家宰ロボットである。精巧にできているが、細かな動きはやはりどこか機械的だった。
「失礼しました。サーヤは話し好きなのが玉に瑕なのです。わたくしはヤマウチ家の家宰ロボット・エミリです。あなたがジュン・ヤマシタさんですね?」
「はい」
「駐機場で旦那さまがお待ちです。おいでください」
「……はい」
人間と遜色のない見事な二足歩行で歩くエミリの後をついていくと、ジュンは屋敷の裏手にある駐機場まで案内された。
大きさも形もちがうタコが何機か停まっているが、昨日ジュンたちを運んでくれた輸送機も、黒騎士のタコも、停まっていない。どこかに出動中なのだろうか。
「旦那さま、お連れしました」
エミリの声に、カズマがふり返る。
「ああ、来たね、ジュン。すこしは休めたか?」
「はい、ありがとうございます。あれほど立派な部屋に泊めていただいて、本当に感謝しています」
「気にしなくていい。過酷な逃避行だったようだから、ねぎらいの意味をこめてくつろいでもらいたかったんだ。でも、もちろん、最初だけだよ」
カズマはにやりと笑う。
「それでも、わたしにとっては一生に一度の得がたい経験です」
「一生に一度の経験になるかどうかは、これからの君の行動にかかっている。努力次第では、屋敷での住みこみ勤務もありうるからね。ああ、ミヤマ領を脱走してきたということだから、もちろんうちに来てくれるつもりなんだろう?」
「はい、そのつもりでしたが――」
ジュンは思わず口ごもってしまった。




