長距離狙撃
シオンは全力疾走するケニチを追って走っていた。しかし、狙撃銃を持ったままでは、どんどん引きはなされる。
と、不意にケニチが立ち止まって前方を指した。
「シオン! 長距離狙撃だ! 標的は前方二百、防塁の上の人影だ。向こう側に行かせるな!」
シオンは即座に地面に伏せ、狙撃銃を構える。
見えた。
でも、二百メートルなんて嘘だ。もっと距離がある。走ってきたせいでシオンの呼吸も乱れていた。さらに、標的は今にも防塁の向こう側へ降りて行きそうである。
今回はさすがに、命中させる自信がない。だが、やるしかなかった。
シオンは息を詰め、全神経を集中して引き金を引きしぼった。手ごたえは良かった。
標的を凝視しながら、シオンは祈った。
お願い、当たって!
そのシオンの祈りが通じたのか、ショック弾は標的に命中した。しかし狙いがわずかにそれて肩に当たったらしく、人影はくるくると回ってから見えなくなった。
「シオン、よくやった! 標的は向こうに落ちたのか? それともこっち側に倒れたのか?」
ケニチがふり返りながら聞いてきた。
「暗くて見えなかった」
シオンが答えると、ケニチはふたたび走りだす。
「ついてこい!」
シオンは起き上がって狙撃銃をかつぐと、一度深呼吸をした。今日は過酷な一日だったが、さらにもうひと頑張りしなければならない。ケニチもシオン同様に疲れているはずなのだが、本当によく走る。
シオンは感心しながら、ケニチを追って走りだした。
防塁にたどりついたケニチは、男が防塁の手前に倒れているのを見つけて安堵の息をはいた。
よかった、サブロー・アオヤマの行動を阻止できた……。
しかし、倒れている男に近づいて、息を飲んだ。男が着ているのは守備隊の制服だったのである。それに、男の年齢はケニチと同じくらい。サブローはもっと若いはずだった。
これは、サブローではない。脱出のためにサブローが倒した、守備隊の兵士なのだ。
ケニチは急いで防塁をのぼる。
防塁の向こう側には流民たちの陣地があり、小銃を持った流民の男が見張りをしていた。
しかし、サブローの姿はどこにも見えない。
反射的にケニチは防塁を降りていこうとしたが、流民の男が銃を構えるのを見て足を止めた。サブローがどこにいるのかも、サブローの顔も、なにもかもわからないのだ。たとえシオンが援護に来てくれたとても、この大人数の流民たち相手にできることはない。
ケニチは肩を落として防塁の内側に戻り、座りこんで夜空をあおいだ。
間に合わなかった。サブローは行ってしまったのだ……。
夜明け前に、流民たちはタカヤマの包囲を解いて南へと去った。
サブローを失ったタカヤマは深い悲しみに包まれている。ソーマは寝不足の目をこすりながら、朝日に照らされた流民たちのキャンプ跡を防塁の上から見ていた。
「きれいさっぱりいなくなっちまったな」
ソーマの横に立ってそう言ったのはクリストファーである。
「ああ。我々は間に合わなかった。残念だよ」
ソーマがため息まじりに言うと、クリストファーがソーマの肩を抱いてきた。
「そう落ちこむなって。うまくいく時もあれば、いかない時もある。それが人生ってやつさ。残念だが、俺たちはその結果を受け入れて前進するしかない。ところで、今度の件はしくじったが、俺はあんたが気に入ったんだ。俺の大親友、オリオのボスでもある。だから、力になるぜ」
「力? どういうことだ?」
「俺はサブローさん個人と契約をしていたので、サブローさんがいなくなった以上はここに長居をする理由がもうない。もちろん、アウム工場をなんとかするために近々ここへ戻ってくることになるとは思うがね。ただ、今は一緒に来ている娘のニナをチノへ逃がしておきたい。ニナは操翼士で、都合がいいことにここまで輸送機を飛ばしてきたんだよ。タカヤマへの補給が目的だったので、帰りはからっぽなんだ」
ソーマはクリストファーの言おうとしていることがわかって、感謝した。クリストファーに手を差し出し、握手をかわす。
「わたしたちをチノまで運んでくれるのか。それは助かる」
「ほかにもタカヤマの住人でチノに行きたい者がいれば、乗せていくつもりだ。ちょっと混雑するかもしれないが、そこだけは我慢してくれれば——」
にこやかだったクリストファーの表情が、不意に険しくなった。目の上に手をかざして朝日をさえぎり、東の方向を見ながらしきりに目を細めている。ソーマも東に目を向けたが、とくになにも見えなかった。
「どうしたんだ?」
ソーマが問いかけると、クリストファーは吐き捨てるように答えた。
「くそっ、来やがった。アウムだ」
サブローという要を失い、さらにアウムが接近する絶望の街。
そんなタカヤマに思いを残しながらも、ヤマウチ家の面々は首都チノへと旅立つ。
次回、第六章最終話『天の配剤』をお楽しみに。




