段取り
「クリストファー。部外者であるわれわれは、一度ここを出たほうがよさそうだ。この先の議論は彼らにまかせよう」
ソーマはクリストファーに声をかけた。クリストファーは一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐにうなずく。
「そうだな。こうなると、もう俺に言えることはなにもない。方針が決まったら、その結果を教えてくれ」
クリストファーはそう言い残すと、大股で部屋から出ていく。ソーマはサブローに会釈をすると、クリストファーを追って部屋を出た。
廊下でクリストファーが待っていた。
「で、あんた、やる気だな?」
さすがに、百戦錬磨の操翼士だ。ソーマの考えていることはお見通しなのだ。
「ああ。わたしはサブロー・アオヤマという人物が気に入ってしまった。このまま死なせるようなことだけはしたくない。サブローにどれほど恨まれようとかまわない。ナナを殺して、流民を追い払おう。手伝ってくれるか、クリストファー?」
クリストファーは、にやりと笑った。
「あの部屋にいた連中全員が、この苦境にあってもサブローを支えたい一心で、がんばっている。サブローも、彼の意志を尊重して流民たちを傷つけないようにしながら彼を支えている連中も、俺はみんな好きだ。どうにかして全員を救いたいのは、俺も同じだよ。その作戦、乗らせてもらう」
あまりにもあっさりとクリストファーが同意したので、ソーマは逆に戸惑ってしまった。
「いいのか? 専属契約を結んでいるわけではないにせよ、今の雇い主は形の上ではサブローなんだろう? 雇い主の意に反した勝手な行動をしたら、操翼士としての評判に傷がつくんじゃないのか?」
クリストファーはそのソーマの言葉を豪快に笑いとばした。
「そんな程度で俺の評判は傷なんかつかない。心配は無用だよ。もしも言ったとおりに行動するだけの道具が欲しいなら、操翼士なんて雇わずにロボットを買えばいいんだ」
もっともな意見である。ソーマはクリストファー・コーという人物を気に入った。
「よし。手はずを考えよう。幸いわたしの仲間には、ごく短期間ではあるがナナの配下に属していた者もいる。ナナの居場所についての情報がないか、話を聞いてみよう」
サブロー・アオヤマは、すすり泣く声だけが響く室内で、もの思いにふけっていた。
やはり、もう他に手段はなさそうだ。サブローはナナミの元へ殺されに行く。ナナミが包囲を解いたら、タカヤマの住民は脱出する。行き先は、他家の領土だがヒダがいいだろう。距離が近いこともあるが、そもそもみんなタカヤマを見捨てたアオヤマ家になど留まっていたくないはずだ。移動は一日。必要な物資を準備しなくては。途中の護衛には——。
そこまで考えて、サブローは苦笑した。
みんながタカヤマを出発する頃には、もう自分はこの世にいないのだ。
いつものように、みんなにまかせておけばいい。ここにいる全員が優秀で、それぞれが自分のすべきことをきちんと理解している。なにも心配する必要はないだろう。
問題は守備隊のタツヤだ。ヒダへの移動の護衛として、彼の存在は不可欠だった。しかし、サブローのことをとても大切にしてくれているので、サブローがナナミの元へ行くと言ったらついて来ると言いかねない。いや、そもそも、サブローが殺されに行くことを、絶対に許してくれないだろう。
となれば、人知れずにこっそり行くしかない。
先に退出したソーマとクリストファーの様子も、気になる。二人とも意志がとても強そうな人物なので、サブローの意に反してナナを排除しようと考えてもおかしくない。彼らが行動を起こす前に、サブロー自身が行動しなければならないだろう。
もとよりいつアウムが襲来してもおかしくない状況なのだから、行動を急がなければならないことに変わりはない。
サブローは自分に残された時間の少なさに思いいたり、内心で震えた。この選択肢をずいぶんと長く考えてきたが、いつまでたっても自身の死という結末への恐怖を消すことはできなかった。
室内の仲間たちに自分の決断を悟られないように、サブローはいつもの調子で明るく呼びかけた。
「よし、みんな。アウムが来て流民たちがいなくなってから、できるだけ安全にタカヤマからヒダへ全員を移動させるための段取りを考えてくれるかな? 水と食料、それに途中の護衛も考えなくちゃいけないね。大変だけど、よろしく」
「オリオ、どうしたの?」
リツカの声で、オリオは我にかえった。オリオが寝そべっているベッドの横にいたリツカが、オリオを顔をのぞきこんでいる。
「大丈夫です、お嬢さま。なんでもありません」
「うそ。なにが気になっているの? こんなに不安そうなオリオの顔、はじめて見る」
オリオは病室の天井を見上げて、ため息をついた。
「お嬢さまにはかないませんね。昔からお嬢さまは人の気持ちを見抜くのが得意でした」
リツカが微笑む。
「そうね。理由はうまく説明できないけど、なぜかわかっちゃうのよね。今は、オリオの心の中にあふれている不安で、わたしまで息苦しさを感じてる。だから、教えて。なにがオリオをそんなに苦しめているのか。わたし、オリオの力になりたいの」
オリオは、リツカでは力になれないから一人にしてくれ、と言いそうになって、その言葉を飲みこんだ。そんなことを言っても、リツカは引き下がらないだろう。
「右肩の銃創が、思っていたよりも深刻な状態のようです。医者には、しばらく安静にしていないと右腕は二度と使い物にならなくなると脅されました」
オリオの右腕の状態を知ったリツカ。
長年秘められてきた想いが明らかにされる。
次回『ぬくもり』をお楽しみに。




