危険と隣りあわせ
「医療チームを呼んでおいたわ。うしろの人、ケガをしているのでしょう?」
「さすが、お嬢さまは実に勘がいい。助かります」
オリオがお世辞ではなく本気で言っていることが、声音から伝わってくる。だからオリオと話をするのは楽しい。いつも本音を隠している父や兄とは大ちがいだ。
「わたしもオリオの活躍を見たかったな。今日の現場はどんなだったの?」
「とても神経を使う現場でした。流民だけでなく、アウムもいたのです。わたしの到着がもうすこし遅れたら、ケニチの部隊に死者が出ていたかもしれません。紙一重でした」
言いながら、オリオは後部席から男が降りるのを助けていた。後部席が血でひどく汚れていて、リツカは息を飲んだ。
そこまで緊迫した現場だったのだ。操翼士の仕事は危険と隣り合わせであることを、リツカはあらためて思い出した。リツカがタコに乗ることを反対している父が、またうるさく言いそうだった。
内心でうんざりしながらも、リツカはオリオに手を貸して、ふらつく男を滑走路に座らせた。
右腕から肩、背中にかけてが血で濡れている。
リツカは男が感じているだろう痛みを想像して、ひるんだ。
近づいてくる医療チームのソーラーカーに、オリオが手をふる。降りてきた医師がその場で治療をはじめる様子を、リツカは横でぼんやりと見ていた。
「お嬢さま、もうわれわれにできることはありません。行きましょう」
オリオにうながされて、リツカはようやく我に返った。
屋敷への道をオリオと歩きながら、リツカは身ぶるいをする。
「アウムなんて殺人兵器、誰がどうして作ったのかしら?」
「誰かを殺してでも手に入れたいものがある、でも自分で直接の危険はおかしたくない、そんな連中が昔はいたのですよ」
オリオの声に、なにか暗い感情が宿ったのをリツカは敏感に察知した。怒り、悲しみ、あきらめ、それらが混ざりあった複雑な感情だった。オリオは過去の話をしたがらない。大戦で両親を失い、戦後の混乱で兄弟を失い、天涯孤独になったらしい……輸送機を担当している操翼士のレオが、そう教えてくれたことがある。
きっと、それはオリオにとって思い出したくない過去なのだろう。
大戦が終結した年に生まれたリツカには、その時代のことは現代史の講義で教わった内容だけしか知らない。
北米連邦と東亜共和国の間で起こった戦争。北米の無人機攻撃に苦慮した東亜は、無線通信を妨害する粒子『ロップ』を開発して大量に散布した。無人機を遠隔操縦できなくなった北米は、新たに人工知能を搭載した自律攻撃兵器『アウム』を開発したのである。東亜も鹵獲した北米のアウムをもとに、自前のアウムを生産。双方のアウムが陸海空すべてに放たれることとなった。こうして、大戦は自動化された機械が互いの国内を荒らしまわる消耗戦へと突入したのである。ロップにより無線通信が途絶した後、アウムにより有線の通信網も破壊された。通信ネットワークに依存していた世界は完全に分断されて、国という単位はほとんど意味を失ってしまったのである。
昼夜を問わず、アウムの接近警報が鳴り響く都市。暗闇の中でアウムが去るのを息を殺して待つ人々。
想像するだけで、リツカの胸が苦しくなる。
「お嬢さま」
オリオの声に、リツカは我に返った。
「なに?」
「わたしはこれから旦那さまにご報告をします。お嬢さまは自室にお戻りください」
「一緒に話を聞いてもいいかしら?」
オリオは首をすこしだけ傾けた。
「試したいなら、どうぞご自由に。わたしは構いませんので」
リツカは父の顔を思い浮かべた。とくに今日のように人の命が危険にさらされるような出来事があった日は、機嫌が悪い。直接関係のない者がその場にいるだけで機嫌はさらに悪くなるし、万が一横から口でも出そうものなら、激怒するだろう。
そして、リツカがタコに乗るのをやめさせようとまた説教をはじめて、リツカは父親を拒絶する。そんな不毛なやりとりに発展していくのだ。
「やっぱりやめとく。あとでゆっくり話を聞かせて」
オリオの表情が、すこしゆるんだように見えた。オリオはいつも無表情でこわい顔をしているのだが、こういう瞬間だけはすこし子供っぽい顔になる。
「わかりました。旦那さまには、わたしから言っておきます。お嬢さまがいちはやく気づいて医療チームを呼んでくれたので助かりました、と」
「だめよ。オリオがいつもわたしの肩を持つから、お父さまも信用してくれないわ」
「それでも、言いますよ。事実は事実ですから」
オリオは手をふると、父の執務室へ向かう。リツカは手をふりかえして、オリオの大きな背中を見送った。




