伝説の黒騎士
周囲にいた流民を追い払ってくれた黒いタコが、ゆっくりと着陸する。何度見ても、ほれぼれするほどなめらかな操縦だった。黒いタコから降りてきたのは、三十歳すぎの無表情な大男である。
「遅いぞ、オリオ」
ケニチが声をかけると、大男はわずかに肩をすくめた。
「おまえの活躍の場を作ってやった。感謝してくれ、ケニチ」
よく言うぜ。
ケニチは笑い、オリオの肩を抱いた。
「そりゃあどうも。いくら俺が幸運の女神に愛されているからと言っても、残弾ありのアウム相手にタコの支援なしで戦うのは、これっきりにしてもらいたいね。おかげでこっちは死にかけた」
「死にかけにしては元気そうだ。だが、あっちの男はちょっと具合が悪そうだな」
オリオが、負傷したミヤマの兵隊を指した。
「おまえのタコは二人乗りだよな。あいつをまず連れ帰って治療してやってくれ。伝説の黒騎士のタコに同乗できるなんて、一生の自慢になるだろうな」
ケニチの言葉に、オリオが感情にとぼしい声で言った。
「その呼び名は好きじゃない」
「おまえがどう思おうが、人はおまえを黒騎士と呼ぶのさ。タコをピンク色に塗って、いつもにこやかに笑っていれば、派手派手ハッピー野郎と呼んでもらえるかもな」
オリオは鼻を鳴らしてなにか文句を言おうとしたが、不意に顔を北の空へ向けた。
「レオの輸送機が来た。おれは先にケガ人を運んでいこう」
ケニチは空を見たが、なかなか輸送機を見つけられない。ようやく見つけられたときには、すでにオリオは負傷者を自分のタコに乗せているところだった。
まったくどういう目をしているんだか。
もっとも、他人には見えないものが見えるからこそ、オリオは特別な操翼士と呼ばれるのだが。
帰ってきた!
リツカは南向きの窓から黒いタコを見つけると、自室を飛びだした。
オリオの着陸を間近で見るために、駐機場まで走る。オリオの操縦には無駄がなく、とても美しいのだ。いつか自分もあんなふうに操縦できるようになりたい。それがリツカの夢だった。
駐機場横の滑走路に近づいてくるタコを見て、リツカは首をひねった。いつもよりも、噴射エンジンをふかしている。
今日のタコは、ちょっと重そうだ。
誰かを運んでいるのだ。わざわざオリオのタコに乗せてくるということは、負傷者にちがいない。
リツカは駐機場の壁に取り付けられた通話機を手にした。
「はい」
エミリの声が聞こえてくる。
「医療チームを駐機場に呼んで、エミリ」
「すぐに向かわせます。それよりもお嬢さま。どうしてお嬢さまがそんな場所で、そんな指示を出していらっしゃるのですか?」
「オリオがケガ人を運んできたの!」
「答えになっていません、わたくしは旦那さまからお嬢さまが――」
リツカは通話機を置いて、心の中で詫びた。
ごめんね、エミリ。
エミリはヤマウチ家の家宰ロボットである。ロボットだけあってエミリは融通がきかず、とにかく口うるさい。でも、頼んだことはちゃんとやってくれる、頼りになるロボットだった。
リツカは滑走路の横まで出る。ふわりと着陸した黒いタコが、減速しながらリツカの目の前まで来て止まった。
後部席に見たことのない男が座っている。やはり、ケガ人を運んできたのだ。
操縦席から降りてきたオリオに、リツカは手をふった。
「オリオ!」
「こんなところにいると、また叱られますよ」
渋い顔でオリオは言ったが、どこかで面白がっているようでもあった。
「医療チームを呼んでおいたわ。うしろの人、ケガをしているのでしょう?」
「さすが、お嬢さまは実に勘がいい。助かります」




