検査の裏側で
(また)三人称です。
本編の『奥様の後悔』の裏側のお話。実はあの時レオナルドは一応研究所に居ました。
――何だか外が騒がしいな。
研究所の最奥、所長室にも伝わってくる騒々しさに、レオナルドは取り掛かっていた書類にペンを走らせるのを止め、顔を上げた。
周囲には誰も居ないが、この研究所全体がざわついているのは分かる。
こういう時に側近でも居れば情報収集をしてきてもらえて有り難いのだが、生憎懐刀と呼べるロルフは自分の研究に精一杯だった。
お付きになれと言っても頑として頷かず、何処までも研究に勤しんでいる。そういう一本筋の通った男だからこそ、レオナルドも気に入っているのだが。
「……ああ、そういえば」
ロルフで思い出したが、ロルフから妻を同伴するという旨は聞いていたし責任者として許可も出した。
そういえば今日はその同伴してくる日だったな、と思い出して、ならこのざわつきも頷ける、と一人納得した。
あのロルフが、妻を伴ってくるなど。
理由は調査の為と聞いてはいたが、それでもあのロルフが妻をわざわざ連れてこようとしたのが意外だった。
何しろ筋金入りの研究馬鹿で魔術馬鹿。
幼い頃より知り合いではあったが、その傾向は益々顕著になっていたし、他人であるレオナルドですら心配になる程異性に興味を持っていなかった。
正直なところ男としての欲求なんてないのでは、と下世話な心配をするくらいには、魔術の事で頭が満たされている男だ。コルネリウスと膝を突き合わせて真面目に相談した事もある。
レオナルドだけは親の付き合いで結婚したという方向を受けていたものの、最初は夫婦生活も上手くいっていないと聞いていたのだ。
それがまあ、段々仲良くなってきたというのだから驚きだ。
レオナルドとしては、ロルフが他人に興味を持つようになって嬉しい反面、その女性はロルフに害を及ぼす心配がないかともつい懸念してしまう。
アマーリエやホルストの目は確かだ、それは疑っていないものの、もし何かあればとも思ってしまうのだ。
我ながら過保護ではないかと思ったが、年上のロルフに対して過保護になってどうするんだ、と一人苦笑い。
これは心配しすぎで、妻になった女性は善良な心優しい人なのかもしれない。寧ろクラウスナー家のお眼鏡に適った人間ならば中身に問題はないだろう。
何しろ、一度見に行ってみても良いかもしれない――そんな事を考えて、目の前に積まれた書類の山に行動を遮られた。
今日中に終わらせなければならない、報告書、始末書などうず高く積まれており、遊びに行く時間があればさっさと崩して処理してしまえと訴えかけてくるのだ。
恐らく、一度所長室を出ると、戻らない気もする。
確実に副所長からチクチク言われるだろうな、というのは目に見えていたので、立ち上がりかけた体を無理矢理椅子に留める。
今見る事が出来ないのは惜しいが、また、何かの機会で会う事もあるだろう。魔導師の名家に嫁いだのなら、また会合にも顔を出す時がある筈だから。
惜しいなー、と嘆息を零しながら、レオナルドは再びペンを取ってはまだ見ぬロルフの妻に思いを馳せた。