お酒の活用法
本編『お酒に飲まれたその後の事のお話』の後くらいのお話です。三人称です。
「兄上、何をしてくれたのですか」
エルネスタが酔っ払った事件の翌日、有言実行とばかりにロルフは一人で実兄の元を訪れていた。
「ん? ああ、チョコ食べたのかい?」
「分かってるなら話が早いです。何をしているのですか」
あれは間違いなくコルネリウスの画策だ。ロルフもエルネスタも知らず知らずの内に掌で踊らされていたのである。
実の所ロルフにとってそう悪いものでもなかったのだが、それはそれ。もしエルネスタにお酒が合わず気分が悪くなったらどうするつもりなのか、と視線を鋭くすると、コルネリウスは意に介してもなさそうに笑う。
「おや、良い思いが出来たんじゃないかなと思ったのだけど」
「……それは否定しませんが、それでも弱いと分かっていて摂取するように仕向けるのは止めて下さい」
「へー否定はしないんだ」
にやにや笑う兄を一瞥するものの、堪えた様子は一切ない。寧ろ愉快そうな色が強くなっているので、始末に負えない。
好奇心が滲む笑顔で「で、どうなったの?」と聞く辺り、全く反省の色がないのだ。
「……どうもこうも、エルネスタは酔って甘えてきただけです」
「ふんふん、良い兆候だろう? 素直に欲求を吐き出さないんだもん、エルちゃんは」
「それは、良い事、なのでしょうか。お酒に頼らねば本音が出せないという事にもなります。我慢させている、とはなりませんか?」
エルネスタは何処までも控え目で、主張は殆どない。もっと我が儘を言えば良いのに、と常々思っている。……頼ってくれたならば、出来得る限り力になるのだが。
けれど、現実はいつもエルネスタに抑圧を選ばせている。
「……それはエルちゃんとお前次第かなあ」
「私次第、ですか」
「そう。エルちゃんと打ち解けて心をもっとほぐせば、少しずつ本音を口にしてくれるよ。ロルフだって、エルちゃんが葛藤してるの知ってるだろう?」
「……はい」
「なら、頑張らなきゃね。優しくしてあげるんだよ? 女の子は繊細で傷付きやすいお姫様なんだから」
からりと笑ったコルネリウスに、ロルフは「お姫様」と反芻する。
お姫様。昔絵本で幾度となく見た、守られるべき美しくもか弱い少女 。……派手な見掛けは好みではなかったのだが、エルネスタがお姫様となるとしっくりくる。
陽だまりのような柔らかな温もりの、可憐な少女。彼女こそ、ロルフが守りたいものの形をしていた。
「……エルネスタは、打ち解けたらもっと笑ってくれるでしょうか」
「そりゃあ可愛く笑うさ、女の子だからね。……素直になって欲しいんだったら、お酒も上手く活用しなよ? 飲ませ過ぎないで、ちょっとだけ我慢を緩めるように、ね?」
愛嬌たっぷりの笑みに、ロルフはコルネリウスへの憤りをすっかり忘れて、コルネリウスの話に聞き入っていた。お酒もちょっとだけなら素直にさせる薬、と学んだのは、エルネスタにとって幸か不幸か。
「……? 今寒気が……」
その頃、会話が聞こえている筈のないエルネスタが背筋を震わせていたのだが、二人は気付く筈もなかった。