1.平賀博士
日出ずる国、神国日本。中二病臭いが日清、日露、第一次世界大戦、満州事変と皆勝ってきた。確かに最後の戦争には負けたが、この信念を持って居たから大和魂の力で戦争に勝ってこれた。
しかし今や日本から大和魂は消え去ろうとしていた。
現に世界紛争と諸悪の根元である中華人民共和国は日本から搾取し犬として扱っている。日本国民の生命財産に重大な危害を及ぼさんとするに至ったのである。
大陸を暗黒の闇で支配する共産党政権を打倒し皆殺しにしなければと考える男がいた。
ネット小説を読んでいた男は、こめかみに血管を浮き上がらせて勢いよく携帯電話を床に投げ棄てた。衝撃でコーティングされたガラスが砕け散り、男の激しい憤りを物語っていた。
「毛唐の○×△コ□どもめ。日本人を舐めて調子に乗りやがって」
義憤に駆られる男は赤色と水色の瞳の虹彩異色症で、色白のアルビノにしてメラニン欠損による白髪と言う容姿をしている。遺伝的疾患により寿命は長くない。
だが男は平賀源内の子孫で日本科学技術大学校教授として優秀な科学者であり発明家であった。
「日本だけではない、チャン○□とチ×□どもの好きにさせれば世界が、地球が滅ぶ。誰かがやらねばならんなら、俺がやってやる」
男は命を燃やすように研究と開発に身を費やした。正義を信じ愛国心からの行動だ。
そしてそんな彼が偉大であればあるほど、ネット右翼かぶれの愛国者気取りで心を病んでいる事に気付く者は居なかった。
†
その日、防大同期の三人組が飲み会をしていた。今日は妻子も居ない、男達だけだ。それぞれの階級も上がり責任ある立場に就いたが、気楽な関係は続いている。
別に自衛官になったからと言っても大日本帝国の復活を願う思想は持っていない。ただ親しい者達と健やかに楽しく過ごせれば良い。それが細やかな夢だった。
「結局は時期主力戦闘機の調達も棚上げだ。タイフーンでも良いから即戦力が欲しいってのにな」
日本の防空網はアジアでも随一だが航空自衛隊の保有する機体の数にも限りがある。中共や半島の脅威は冷戦時代よりも身近な物だった。
「数だけ揃えても、飛ぶ前に叩かれたら意味は無い」
敵国による侵略戦争が始まった場合、敵の第一波を迎え撃つ前にコマンドー部隊やゲリラの奇襲を受ければ、自衛隊の行動に支障が出る。後方攪乱の常套手段だった。
「まあな。飛べなくするだけなら、滑走路に穴を開けるだけで良い」
「やっぱり空母か?」
基地の生存性で言えば、洋上の空母打撃群に優る物は無い。多数の護衛艦艇に守られ基地自体が動けるからだ。
「──しかし空母は金がかかる。だから代案を考えた」
そう言ったのは海上自衛隊の男だった。
「浮島だ」
その言葉に航空自衛隊の男が顔をしかめる。
「メガフロート? 普天間基地の移設でうちでも調べたが、あれは駄目だ。波でも食らえば転覆してしまう。防波堤まで作ると500億では収まらないし、費用がかさみすぎるんだ」
すると海自の男は不敵な笑みを浮かべて床を指差した。
「何?」
「海だよ、海。使うときに浮かべて、普段は沈めて置くんだ」
mobile offshore base (MOB)は米軍でも研究されていた。それを沈めてしまおうと言う事だった。
潜水空母からの発送で、いわば海底基地だった。
「はあ? そんな馬鹿でかい代物、どうやって秘密にするんだ」
建造は海上石油掘削基地よりも目立つ。Googleでも見つかる可能性が高い。
「アメちゃんも巻き込めば良い。硫黄島辺りで建造して、尖閣とか竹島の沖に持って行くのさ」
作る事と運ぶ事は専門家に任せて、戦いのプロとして使い方を考えれば良い。
「そんなよた話に付き合う奴が居るわけねえよ」
ところが世界のどこかによた話を実現しようとする者がいた。レオナルド・ダ・ビンチ、エジソンに並ぶと称えられ防衛省技術研究所に嘱託の技官として出向していた平賀博士だった。
適切な技術と実行力を持ち、上からの決断と許可で予算が降りた結果、航空隊の基地機能、揚陸艦としての兵員輸送能力、護衛艦としての水上、対空、対潜能力を備えた潜水型メガフロートが誕生した。護衛艦隊ではなく独立した艦として海上自衛隊に所属する。
革新的な技術は使っていない。全て既存の技術を流用した物で、アサルト戦艦「大和」と呼称される。
†
太陽のさんさんさんと穏やかな日射し浴びて「大和」は試験航海に挑んだ。平賀博士は自分の産み出した「大和」の性能を見る為に参加していた。不具合があればその場で治すつもりだと言う。
「深さ900──」
艦長の高山1佐が潜航の指示を出している後ろで平賀博士は手持ちぶさたにしていた。軍艦に民間人は場違いだが生みの親とあれば処女航海の参加資格はある。
「平賀博士、先は長いです。のんびり行きましょう」
「ありがとう高山君」
民間人である平賀博士の緊張をほぐす様に高山からかけられた言葉に平賀博士は礼を述べた。
今日の試験航海では実戦同様の人員、機材、消耗品の積載を行った。その為に陸海空自衛隊から人員が送り込まれ、大量受注でホクホク顔の米国から様々な装備を購入していた。
目的地は東京湾。世界の度肝を抜くであろうお披露目だ。
「この前、娘の持ってる漫画を借りたんだがエロくてビックリしたよ。最近の少女漫画ってのは凄いね」
平賀は風紀の乱れを嘆き、戦前の日本を理想郷と捉えていた。
「お嬢さん、中学生でした? 最近の子は教師とキスをしたり胸を揉まれたり進んでますよね」
「いや、それは進んでるのではなく淫行では……」
上陸でもしなければ暇な水陸機動団の指揮官である梅原1佐と、同じ子持ちと言う事で打ち解け雑談をしていると報告が入ってきた。
「第三管区海上保安本部より警報が出ています。大島沖で海底火山が噴火したそうで、付近を航行する船舶は要注意する様にとの事です」
「海底火山の上を進む想定はしていないが、強度は足りるかな」そう言う平賀博士の言葉に顔をひきつらせる。
深海を進む「大和」を振動が捕らえた。艦内の乗員も手近な物に掴まり揺れが収まるのを待った。
「激しい揺れだな。火山から離れているはずなのにこれだけ揺れを感じるとは……」
一際激しい揺れが「大和」を襲った時、停電したかのように艦内は真っ暗になった。同時に、全員の意識が途絶えた。