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燃えた夏  作者: Karyu
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第九十六話 綾夏・刈谷 冬休み最後の日(三)


「な、なんだよ」


 刈谷は不安になりながらも内面だけに止め、怪訝そうな顔で綾夏に尋ねる。


「うぅん、べつに。ただちょっとね」


 綾夏は尚も嘲笑気味た顔を刈谷に向けていた。


「ちょっとなんだよ」


 一拍置いて綾夏は書類を手に取り、文章を読み始めた。


「この書類によるとね、【隊員が、グレードの同等あるいは下位の隊員に任務援助の要請を出した場合、援助する側の隊員に拒否権はない】って書いてあるんだよねー」

「なにっ!?」


 刈谷は綾夏から書類の一枚を奪い取り、その項目に書かれている文字を目で追う。


 綾夏のもう片方の手には刈谷の読んでいる書類の次のページが握られていた。その書類の上の部分に書かれていたのは刈谷の読んでいる項目の続きでこう書かれていた。

【しかし援助する側の隊員は、自分の任務時に要請を出してきた隊員の援助を自分の任務時に無条件で要請できる】

 この項目の書かれている書類を綾夏はソファのクッションの間に押し込みつつ、してやったりといった勝利の笑みを、脂汗を流す刈谷に向けていた。


 それに気付いていない刈谷の額には一筋の汗。とても苦い味がしそうだ……。








 くそっ……、なんで俺がこんなことに。いくら犯人役やるっていってもこれはやりすぎだろ。


 俺は木宮さんに火のケイを浮かばせている部屋に変装して入り、綾夏さんが俺をフューゴ・ペールで退散されているところを写真に取るというものだ。


 まったく。俺だって暇じゃないんだ。


 窓から反対側を見ると、写真とカメラを持った木宮さんの姿があった。


 はぁ。ほんとにこんなんで天下のMBS、じゃなくてルネサンスを騙せるのか?


 でもこんな悪戯めいたことするのは久しぶりだな。

 俺の脳裏に昔の思い出が蘇ってくる。それは小二年の夏休みの時だった。俺は小学二年生で幼馴染の由梨と一緒に……。


 いや、あれはもう昔のことだ。由梨はもう……。

 俺は苦い思い出を噛み締め、携帯を取り出して木宮さんからの合図を待った。


 予定ではもうすぐ、着信音がなって俺は木宮さんが遠隔操作しているケイの溜まった教室で腕を広げて甲高く嗤う手はずだ。


 しかし、なんともまあ。木宮さんのプラニングスキルには呆れるぜ。


 そんな虚しい考えなどしていても無駄だな。


 そして携帯が鳴り、俺は覚悟を決めて、少し異常者的な行動をしながら隣の教室に入る。


 そこには所狭しと浮かぶ木宮さんのケイの数々。まるでお化け屋敷などで使う火の玉を全部倉庫に仕舞い、吊るしているかのような光景。

 しかし、偽物の火の玉ではなく、木宮さんのケイの全てには実体があって、しかも熱い。今は冬だからといってもこの量の火のケイは熱すぎる。


 教室に入らずともその灼熱の温度が計り知れる。しかも部屋が燃えないように教室内には俺が薄く張りめぐらせた耐熱地板の所為で余計に暑い。


 でも、やるからといったからには刈谷秀明やってみせる。

「どおりゃあぁぁぁっ!」


 掛け声と共に俺は教室内へ突入! 腕をめいっぱい広げ回転しながら、


「あっはははははははははは!!」


 と嗤い上げる。


 服の端はちりちりと焦げ始め、俺の額、否、体全身から滝のような汗が溢れ出し、あまりの暑さのために蒸発していく。


 俺は後ろで待機、もとい、撮影している木宮さんの姿を横目でとらえようとしたが先いたところに木宮さんの姿はなかった。


 なんでだ? 撮影してなかったら俺は一体何をしてるって言うんだっ!?


 俺がそう思い、くだらない演技をやめかけようとした瞬間。


 俺は顎の下から鈍い打撃と共に宙に浮いた。下を見下ろす暇もなく、俺の体は一旦垂直に跳び、少しずつ放物線を描きながら窓を突き破り、二階下の地面に向かって落ちていった。


「って、うおおぉぉぉっっ!! し、しぬっ……!」


 俺は咄嗟に後方落下の体勢から下方のグラウンドに腕を伸ばし、


「砂塵蜘蛛網!」


 と叫んだ。


 すると地面の表面にある砂塵が集まり、蜘蛛の巣のようなネット状になり俺を受け止めた。


「はぁ、はぁ。し、死ぬかと思った……」


 俺はまだ弾んでいる体勢のまま、二階の俺が突き抜いてきた窓を凝視した。


 するとそこにはカメラを片手に怪しい服装をしている木宮さんがいた。木宮さんはもう片方の腕を俺に向け、親指と人差し指で円を作り、残り三本の指を立てて、OKサインを送った。


 するとさっきの衝撃は木宮さんの火拳か……。なんか、ますます威力上がってるな。


 そう思い出した頃、突如俺の顎は激痛に見舞われた。俺の顎は激しく焦げ、骨にひびが入るほどの重症であった。

 俺は痛みを堪えながら大地の癒塊で治療して難無きを得た。


 おかげで木宮さんは目当ての写真を取れたのか早速報告書を書き、鳥取ルネサンス本部へと転送した。


 木宮さんは楽しそうにはしゃぎ、夕方の帰りにコンビニで肉まんを奢ってくれた。俺は癒塊で骨の日々も皮膚の痛みを取り除くことはできたが焦げ痕は消すことが出来なかったため絆創膏を貼っておいた。


「今日はありがとう。それじゃ、またねっ」


 と、木宮さんは言い残し、立ち去っていった。


 俺は木宮さんの背中を見えなくなるまで見つめ、そして暮れ行く夕陽を見つめ、


「俺は今日、何をしてたんだ……?」


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