第九十五話 綾夏・刈谷 冬休み最後の日(二)
俺はそのままゲームを進行、最終ボスまでもう少し。頑張れ俺。
すると飛び交うゲーム達の騒音の中に、一つの漫画的疑音。まるで怒濤の波が押し寄せるが如くの震撼と音。つまりはどどどどどどどど!! といった感じ。
周りの客人もその音に危機感、興味を引かれたのか音源の方を振り向いていた。俺も興味注がれるが、今このモニターから目を逸らすことはできない。
そしてその近づく音は段々と大きくなり、次の瞬間、俺は自分の首襟に違和感、体全体に浮遊感を覚えた。
ん、なんだ?
俺の第一感想はそうだった。しかし次の瞬間、その浮遊感の正体が明らかになる。俺は宙を飛んでいた、後ろ向きに……。
って、おいっ! なぜ!?
俺は、次に首襟の強い違和感を確認したとき、俺のシャツの首襟は一つの手に掴まれていた。そのまま視線を後ろ、先の方に向けてみた。そこには前を向いた木宮さんの後ろ髪……。
「木宮さんっ!? な、なにやってんだよ!」
「刈谷くん、ちょっと付き合って」
「えっ? でも、ちょっ……」
俺は視線をさっきまでやっていたゲームに戻した。するとそこには近所のおばちゃんのはたきにボコボコにされている非行少年の姿。そして赤く浮かび上がるGAMEOVERの文字。
俺はいまだに宙を後方に漂いながら心の奥底で一滴の涙を流した。しかし、この束の間の悲しみも吹っ飛ぶほどに俺の背中は他の大型ゲーム機に激突し、体は逆く(・)の字になりながら跳ねる。
「ぐおっ!」
俺の背中に鈍い痛み、しかし痛みを感じる間もなく次の衝撃は右側頭部、右を見ると軽くへこんだゲーム機が見えた。
「ちょっ、木宮さん、ストップ、ストップ!」
「黙っててね」
可愛らしく言う木宮さん、しかしその背後のオーラからは鬼気の妖気。
俺は諦めるしかなかった。その後も首の襟を掴まれながら、まるで西部劇に出ている馬に引き摺られる罪人のように、鳳欄高校に着くまでの道のりを跳ねまくった。
ようやくアスファルトの地面に俺の血痕が付くことがなくなることがなくなったとき、俺の心には久しぶりの安堵感が帰ってきた。
が、地面に這って落ち着く時間なく、俺は首襟を持ち上げられ、垂直に立たされた。
「つ、ついたのか……?」
俺は死にかけている喉から助けを求めるかのような声で尋ねる。
「うん。それじゃ、いくよ」
俺は先行して校門に入っていく木宮さんの後をついていくために一歩踏み出したが、足一つ踏み出すごとに全身の神経という神経に激痛、悲鳴を上げる。
それに堪えながらも、後が怖いので歯を食いしばりながら木宮さんの後をついていった。
しかしその間、大地の癒塊で体中の擦り傷、皮膚にできた外傷を修復していく。傷は癒着しても痛みまでは消えない。俺は残った鈍痛を渋々味わった。
スペース内、綾夏と刈谷は早速ソファに腰を下ろした。二人は互いに向き合うように座り、その間にはテーブル、その上には散布した紙の束。
埃を祓いながら刈谷が綾夏に聞いた。
「それで? 俺を連れ出した理由は?」
「任務を手伝ってもらおうと思って」
「何の任務だよ?」
「これ」
刈谷が渡されたのは机に散らばった紙の束の中の一枚。刈谷はつまらなそうにその紙に書かれた文字を淡々と読んでいき、
「それで?」
と綾夏に尋ね、続ける。
「木宮さんになら簡単すぎるってぐらいの任務じゃないのか?」
しばらくの沈黙、綾夏が口を開いた。
「それ、犯人私なんだ」
「ま、まじかよ……」
刈谷の顔には驚きと落胆、頭を視線を手元にあった紙に戻す。そして机に散らばった書類の中の写真などを見て刈谷も納得した。
「それで、どうするんだ?」
「えーっと、嘘の書類を仕立て上げて今日中に本部に送る」
「それでなんで俺が必要なんだ?」
「犯人の役をやってください」
「やだ」
綾夏の懇願に刈谷の拒否が即答。
頭を刈谷に下げていた綾夏は怒ったような顔をした膨れっ面で刈谷を見上げ、睨む。刈谷も負けんと綾夏を睨み返す。
しばらくそうしていた後、綾夏の目の奥に煌く暗雲。それを見ていた刈谷は先程ゲーセンで味わった悪寒に再度みまわれた。
綾夏の顔に邪険の笑みがゆっくりと広がっていった。
視点がころころ変わりますがご了承願います