第八十七話 そして世界は変わり行く……
流騎たちのいる油谷島の浜辺は海面で燃え行く戦艦、散乱する死体、焦げた異臭、すべてが地獄を作り出すに必要なほどの残酷さを漂わせていた。
刈谷は静香の流し、砂に染みた赤い血を手ですくい、涙流した。
「くっ……」
刈谷の泣き顔を見ながら流騎はなにも言いかけることができず、ただただ刈谷の背中を見守るだけであった。
桃と綾夏も静香の消失に言葉が出ないようである。そんな四人が悲愴に浸かっている間、油谷湾に沈んでいく一隻の潜水艦の姿があったが、それは誰にも見られることはなかった。
静香との別れを惜しむまもなく無情の携帯が鳴り出した。流騎はゆるゆると携帯を取り出し、耳に当てた。
「大丈夫か、シルキ!?」
ハヤブサが先程の爆音を聞いていたのか、切羽詰った声をあげた。
「ああ、だがシズカが消えた」
「なに? それはどういうことだ?」
「先程の爆発で砂浜の砂が盛り上がって砂柱をたてた。視界が三十秒ほど砂で遮断され砂が晴れた時、シズカの体が消えていた」
「そうか……。今、支部のものがそちらに向かう。それに乗って支部に戻ってきてくれ。今回の任務で我が部隊の損害は膨大なものとなった。死者も多数出たからな。………」
流騎の耳にはハヤブサの言っていることは入っていなかった。流騎は時がたつにつれ静香の消失の意味に気がつき、気付いたときには一粒の乾いた涙が頬をつたっていた。
流騎、綾夏、刈谷、桃の四人は無気力になりながらも一般隊員たちに促されMBS支部へと戻った。静香の消失は、支部ではロスト・イン・ミッション、LIM(任務中行方不明、すなわち死亡)とみなされ葬儀も簡素ながら行われた。その他にも数多くの一般隊員やチルドレン隊員などの葬儀も行われ、黙祷も掲げられた。
この中国の侵略により日本は軍事防衛を強化、MBSとリベリオンは今後もしばらくの間ルネサンス体制を崩さずにいるという結論に達した。
中国側は日本政府に何の謝罪もなく、この一件で中国は世界からの批判を浴び完全に孤立してしまうことになったが同じ共産党を支援する新ロシア連邦、北朝鮮、ベトナム、キューバなどの国々は約百年前に起きた冷戦を思い出させるような体制に世界は陥った。
中国側の奇襲、それに加え共産党国の勃起により世界は新しい時代に踏み出すこととなった。新世紀セカンドリー・コールド通称SC西暦が元旦に始まった。中国側の奇襲後の二ヶ月間の間に世界はSC西暦が始まる前までに主に共産国と民主国に別れ、他の各国は中立国とみなされ大幅な武力体制に切り替え始めた。しかし直接的な戦闘は行われず互いに最先端を行くことに専念し始めた。それには宇宙開発、地下開発、新エネルギー動力炉の開発、医療発展、化学兵器、オリンピックのメダル数に加え日本のチルドレンの研究もその対象とされた。
世界はますますチルドレンにとっては住みにくい環境となったがそれらには目もくれずルネサンスは勢力を増していき、チルドレン達の安全の確保に加え外交関係の警備をチルドレン隊員を使い強化させた。
流騎たちは静香との思い出を心にとめ、次の任務が言い渡されるまでは鳳欄高校に戻ることになった。だが桃は鳳欄高校に通っていない為、鳥取MBS本部の施設に戻っていった。
中国側のデータをハッキングした滋賀MBS本部のチルドレン隊員はその後もハッキングを継続させ中国側の日本への侵略の理由が明らかにされた。
流騎たちや他のチルドレン隊員と接触した中国超人開発部隊のチルドレン達は擬似チルドレンと判定。中国では日本の様なチルドレンは確認されてはおらず日本のチルドレンを数多く拉致、実験、排除してきていた。そしてチルドレンの研究はMBSより遥かに進み、チルドレンの能力を何らかの方法で一般の中国人に継がせることに成功。そうして出来上がった擬似チルドレンは薬剤投与、筋肉移植などを施され、今回の侵略の前衛を任されていた。
だが擬似チルドレン達は皆、受け継ぎの際、副作用により言語が日本語しか話せなくなり、荒っぽい言葉遣い、そして殺戮を好む人格へと書き換えられてしまうのが現時点の問題点であると中国の機密書に記されている。さらに擬似チルドレンは瞬間治癒能力を行使することができ、頭と胴との切断あるいは心臓の破損以外では治癒が可能とのことである。
こうした報告を受けた隊員たちに一気に緊張感が募り、中国側の奇襲第二段に向け着々と準備が行われた。
流騎たちは中国側の奇襲を防ぐことに成功した。しかし、その代償は大きく、人々の胸にぽっかりと穴を開け奇襲は終わった。
だが、その胸の中の空虚さを埋める暇もなくルネサンスは外交情勢への警戒と今世界が引き起こし続けている自然現象の対処に追われることになった。
世界がまた大きく動こうとしていた……。
最終話、いかがでしたでしょうか? 不満に思われるかたもいらっしゃいますでしょうが、それはあとがきの方をお読みください。