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燃えた夏  作者: Karyu
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第八十五話 静香の死……


「倉木さんっ!」


 刈谷は脇目も振らずに砂浜に仰向けに倒れている静香へと駆け寄った。


 静香は自分の血の海に体ごと浸かっていた。その血の量は異常に多かった、人間の体積の倍以上の赤い液体が静香から流れていた。しかし不思議なことに、静香の血は砂に吸収されず、砂の上で波打っていた。静香の血はまるでCNCのような外見をしていた。


「倉木さんっ!」


 刈谷は静香の上半身を抱き起こし、自分の立て膝の上に静香の頭を抱えた。刈谷は静香の名を連呼したが一向に静香の目は開かなかった。


 静香は天竜の一撃により瀕死の状態に陥っていた。術を唱える時間、チルドレンにとって術の名を唱えることは意識を集中し、自らの潜在意識から能力を引き出す一種の覚せい剤の類で、その行動を飛ばす、あるいは極短かった場合、体の対応速度が激減し術や技が中途半端になってしまう。そのため静香の防御系の技、エイン・シャッテンは防御力が通常の半分以下で天竜の渾身の一撃を喰らってしまったのだ。


 静香のスーツは痛々しい十本の爪の掻き後が皮膚の奥まで進出し静香の出血は止まらなかった。


「オロチ、大地の癒塊」


 刈谷は砂浜の砂を手に取り静香の傷口に振りまいた。すると静香の皮膚に触れた砂の粒子は皮膚に吸収され体内で擬似血小板や細胞接着因子を刺激し、静香の皮膚はゆっくりとしかし尋常なほどの速さで癒着していった。


 静香の出血は止まったものの、顔は一向に蒼白で死人のような色をしていた。いくらチルドレン達が傷口の癒着、外傷の治療、毒の中和ができても無から有は作り出すことはできない。そのため静香の流した大量の血を体の中につくりだしたり戻したりすることはできないのだ。


 どんどんと白くなっていく静香を抱きかかえていた刈谷は歯を食いしばることしかできなかった。


 数秒後、桃、綾夏、流騎が駆け寄ってきた。


「静香!」


 桃は通常の人格に戻ったのか、静香と刈谷の傍に駆け寄った。刈谷のすぐ横で両膝をつき、静香の顔色を覗い、


「静香ちゃん、大丈夫っ!? い、今治してあげるからね」


 桃は立ち上がり印を結ぶかのように両手の指を交差させたりして複雑な動きをしていたが、それを見た流騎が桃の両手を突き放した。


「桃、お前わかってるだろっ!? それを使ったらお前がっ……!」


「わかってるよっ! でもこのままじゃ静香が死んじゃうんだよっ!?」


「待って二人とも! 静香ちゃんがっ!」


 綾夏の呼びかけに流騎と桃は正気に戻り、静香に振り返った。すると静香は薄らと両目を開けた。


「大丈夫、静香?」


 桃はなるべく穏やかに呼びかけた。数秒の沈黙の後、静香は震える口元で何か訴えていた。膝に抱きかかえていた刈谷が静香の口元まで耳を持っていき、静香の伝えようとしていることを聞き取った。


 必死な表情のまま刈谷は静香の言っていることを重々しくも復唱した。


「私はもう駄目のようです。ここで私の役目は終わったようです。皆さんには最後までご迷惑をおかけしました。もうチルドレンとしてはやってはいけません……」


「そんなっ!? いやだよ死んじゃ?まだわたし静香ちゃんとたくさんおしゃべりしたり楽しいことしてないのにっ……」


 綾夏は両目に今にも零れ落ちそうな涙を浮かべていた。流騎が綾夏の右肩の上に自分の左手を置いて言った。


「大丈夫だ、静香は死なない。ただチルドレンとして生きてはいけないと言うことだ」


 流騎の顔はしかし、苦々しい表情をしていた。


「えっ、それどういうこと?」


 綾夏は流騎に詰め寄ったが、今度は桃が口を開いた。


「チルドレンとして生きていけないということは、チルドレンとしての能力を維持できないと言うこと。そして組織から追放される。そのときの記憶や経験をすべて忘れてね」


「えっ?」


 綾夏は桃の言っていることが理解できていないらしい。しかしそれは刈谷も同様であった。


「静香は傷が癒えるまでに過去の、MBSでの記憶を消去させられる。そして新たな記憶をインプットされてあたかもその新しい記憶の延長線上で生きていくことになる……」


 桃の後に流騎がつけたした。それを下から見上げていた静香は悲しげな表情を浮かべていたが、無理にでも笑顔をつくりだし、刈谷の耳元で囁いた。


 刈谷は静香の言葉に驚き、頷いた。


「私は皆さんのことを忘れてしまいますが、皆さんには私のことは忘れないでいて欲しいです」


「あ、当たり前だよ静香ちゃんっ!」


 綾夏はもう泣き出していた。必死に涙を堪えようとするとますます無情に透き通る涙は綾夏の頬を伝っていった。他の三人も無言ではあったが皆同じ感情を抱いていた。

 刈谷は静香の言葉を続ける、


「ですから、私の能力を受け継いで欲しいのです……。え、どういうことだ?」


 静香の言葉を伝えていた刈谷自身が驚いた。言葉を発しようとした静香を流騎が阻止した。


「いいよ、静香、俺がこの二人に説明する」


 流騎の声を聞いた静香は弱弱しくも今にも壊れそうな笑顔で頷いた。


「刈谷、綾夏、お前達は知らないと思うが、チルドレンは自分の瀕死状態のときにそれぞれの能力が絶頂に達する。その時そのチルドレンは自らの能力を継承させることができる。しかしその代わり、そのチルドレンは死に至る」


 流騎が漏らした言葉はその場に氷の刃となって降り注ぎ、その場の緊張感と深刻さをますます増幅させた。



シリアスです。終盤に向かって頑張ります。

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