第六十七話 ビワの一声
ビワはゆっくりと今まで通ってきた洞穴の小道を抜け、光の灯る明るみに出た。ビワが水仙水禍を解除し地面に降り立つとビワの目の前に一人の女性が立っていた。
「お待ちしておりました」
「うむ。それで、順調か?」
「はっ」
「そうか、それなら早いこと行かねばの」
「はっ」
ビワと傍らの女性は電灯が灯っているだけの通路を歩いた。通路は洞穴同様狭い構造にはなってはいたが人二人は並んで歩けるほど幅はあり、山の中だけあって壁は堆積した土の層が連なっていた。空気の循環が幾分悪いせいか、そのため昼でも夜でも電気は濁った光を灯していた。三十メートルほど歩くと前方に扉があり、女性がまず鍵を使い、扉を開けビワを扉へと促した。
扉の向こうを越えるとそこは山の中だとは思えないほどの空間が広がっていた。中は青白い蛍光灯が室内を照らし、人が百人ほど余裕を持って動けるスペースがあり、部屋の中央には半径十メートルにも及ぶ会議用机に二十ほどの可動式チェアがあり、その他にも会議室とは思えないほどの設備や装置が設けられ、四六時中この部屋にいても退屈しないようになっていた。
ビワの横に立っていた女性は今では見ることのない、所謂忍の格好をしており全身が黒で覆われていた。見た所二十歳前半にも見えるが顔すらも鼻から下を隠しているため三十前半にも見て取れた。腰には小さな巾着を提げており、髪は後ろで長めに結っていた。顔を隠している薄絹を通してもかなり顔の端整が整っていることがわかる。
「それでは、始めるかの」
ビワは会議用机の上座の椅子に腰を下ろし、その椅子の後ろにさっきの女性が立った。すると残った十九もの椅子が一瞬にしてすべてが埋まった。席に座っているものは皆ビワより一回り二回りも若く、それより若い男女の忍装束を纏っていた。ビワは十九人すべてを見回した後、口を開いた
「今日皆に集ってもらったのは他でもない。我々の今後の方針についてだ。誰か何か提案はあるかの?」
すると四十半ばあたりの男の忍が、
「はっ、恐れながら申し上げます。私はこのままルネサンスの思惑通りにここの政権を乗っ取った後に我々の手で改めてビワ殿がトップになられるべきだと思われます」
「私もその策に賛成です。このまま仲間だということを、ルネサンスの一員だと思わせ奇襲をかけるのが最も効率的であると思います」
「わたくしも、それに賛成です」
「我も」
「わたしも」
「私も」
とほぼ皆が最初に出された策に沿って行動することに賛同した。しかしビワは
「他に誰か策はあるかの?」
すると一人の青年、まだ十代前半の女子が恐る恐る手を挙げた、
「ミカン、何か策でもあるのか?」
ビワが静かげに聞いた。
「はい、ビワ様。私は今回のこのルネサンスの計画にかなりの違和感を感じています」
「ほぉ、一体どういったところが違和感を感じるのかの?」
「はい、まず第一に主な行動や仕事をするのは私達、元リベリオンです。元MBSの重役や隊員はそれぞれの地方を守るといっていますが私達が手を結んだ今、何から守るというのでしょうか? 考えられることは一つ、我々元リベリオンからの奇襲に備えるためだと考えられます。そして最終的に私達を、特にビワ様、シコン殿、クキョウ殿を同じ場所に集めるということはその場で私達を潰そうとしているのではないでしょうか?私達が潰されてしまえば後はあのMBSの思うがままにこの国を操ることができますから」
「おぉ、なるほど」
「なんて姑息な連中だ!」
などなどMBSに対する罵りが会議室に充満していた。
「皆のもの静まれ」
ビワの一言でまたもや会議室は静寂で満たされた。
「ミカン、お主の指摘している点は正しい。が、しかし我々が今事を起こせばMBSの連中に勘付かれる。だがこのまま我々とて黙って見過ごすわけには行かぬのでな、お前達を三人一組でそれぞれMBSに向かわせ奇襲を掛けてもらう」
「しかし、MBSではかなりの人数の隊員が待機しているのでは?」
「うむ、なのでMBSに我々が戦力を分散させているのだと思わせておく。そして実際にはこの中の十八人全員でひとつのMBS本部を潰していく」
「おお、なるほど。さすがビワ様、裏の裏をついてこられる。しかしここに集っているのは全部で十九人ですが?」
一人の中年太りの男の忍はビワを褒めちぎりながら感嘆の声をあげた。
「うむ、なぜならここには此処に属してならない輩がいるのでな。そやつを始末せねばならないのでな」
「それは一体誰で? 私めが一握りで捻り潰してしんぜましょう。しかしここに刺客として入り込んでくるとはどれ程の馬鹿なのでしょうな? はははは」
中年太りの男は愉快に豪快に笑っていたがその歓喜は次の一瞬苦悶の声なき悲鳴へと変わった。
「!?」
中年太りの男が震える双眸で自分の腹部を見下ろした。するとその油染みた腹から、数えて十八ものクナイが刺さっていた。
「そうじゃ、刺客というのがお前じゃ、ソウマ。今までお主を泳がせてはいたがまったく手の内を明かそうとしないのでなこちらの手の内がばれる前に始末することにした。安らかに地獄へと落ちるがよいぞ」
ビワがそう言い、クナイに仕込まれていた毒がソウマ全身を蝕み、死の恐怖を映し出した双眸は、ビワが言葉を言い終わらないうちに何も語らなくなっていた。
ビワによる統制は絶対。さすがは最年長クラスのチルドレンですね。ビワがチルドレン……今言うと、なにげにカゲフミ同様、眉ひそめてたりしてます作者です。