第五十八話 CNC
場所は鳥取県MBS本部、総司令官室内。一人の男が横幅に長い机に両肘をついて両手を重ね合わせその上にあごを乗っけていた。その男の名前はハヤブサ。
「くそ……。最近気に入らないことが立て続けに起こる……。俺は蚊帳の外の存在なのか? いったい私がこの席に座っている理由はなんなんだ? このまま他の奴らを見ているだけではつまらん……。何かいい案はないか……」
ハヤブサは席から立ち上がり部屋の中をおろおろ歩き回っていた。そして長考すること二十分、
「そうだ……。この私がこの国を乗っ取ってしまえばいいではないか! 東京はあいつらに任せてシコンらが東京を攻め落とした時にこちらが奇襲をかければいいんだ。それでいこう。この作戦でこの私が日本を乗っ取ってやる。なははははははははは!」
ハヤブサの狂喜の声を部屋中にこだました。
そんな時、スペース内では流騎達四人は同じようにシリンダーケースを片手に持ち苦悶の表情を浮かべながらソファの上に座っていた。事情を知っていればなんとも思わない光景ではあるが傍から見れば単に奇妙な集会や儀式をしているようにしか見えない……。そんな中、
「わーい、一時間、終了……。はぁ、はぁ、し、流騎くん……。もう八時だよ、早く授業に出ないと……」
綾夏は息を切らしながら聞いた。それに流騎は息を正しながら答えた、
「あ、ああ……。授業はこれから例の日まで休む」
「ええ!? で、でもそれじゃ……」
「ああ、授業も遅れるし、学力も低下するだろうな」
「おい萱場、なにそんな平気でいられんだよ。まあ授業受けれないならそれはそれでありがてぇけどな」
「いえ、そんなことがないようにちゃんとこれから二十三日分の授業内容とプリントを貰ってきました」
「「え……?」」
刈谷と流騎の声がハモった。
「学生の本望は勉強です。その学生がたとえMBSの隊員であろうがなかろうが関係ありません」
「さすが静香ちゃん。二人とも静香ちゃんを見習わなきゃだめだよ」
綾夏と静香は早速今日分のプリントと授業内容を分けて配分し始めた。そんな中、流騎と借家は、ソファから立ち上がり綾夏たちから少しはなれ囁き始めた
「おい萱場、やっぱクラス委員二人がいると厄介だな……」
「ああ。これから俺達は訓練以上の地獄を見るかもな……」
「ああ……」
「ほら、そこ! 隠れてないで出てくる! 時間がないんだから早く休憩中でも授業やるよ!」
「う……、わかったよ……」
「はぁ……」
そして早速、鳳欄高校成績順位一位の静香が教師役となり休憩中の三十分を使ってまずは微分・積分の授業から取り掛かった。そしてまた一時間のケーストレーニング、三十分の授業が繰り返され朝の七時から昼休憩の一時間を入れて夜の七時半まで続けられた。
そして七時半以降に晩御飯、シャワー、予習、筋トレなど自由時間が与えられるがケースでの訓練は禁止とされた。しかし、四人とも訓練後は見も心も疲れ果てているので遅くとも九時までには皆は就寝していた。
そんな生活が一週間続き、残り十六日となった夜の七時半頃、
「よし、今日でケースでの訓練は終わりだ。自分達のケースを見てみろ」
「おお、すっげー。中が真っ赤だぜ」
「うわぁ、ほんとだー。きれーい」
刈谷と綾夏はケースの中にたまった赤いジェル状の液体に見とれていたが、静香だけは浮かない顔をしていた。
「どうしたの、静香ちゃん? 顔色悪いよ?」
「い、いいえ、何でもありません」
「ああ、それでなんなんだがそのケースの中身を飲んでもらう」
「なにっ!?」
「えっ?」
刈谷と綾夏はケースからすかさず目を背け流騎を見上げた。
「ああ、この中にたまった赤い液体は通称CNCと呼ばれている。それで、これを飲む。この上にキャップがあるだろ? ここに力を注ぎ込んだら簡単に開く。やってみな」
「ああ……。おっ、開いたっ」
「あ、私も。でもこれ本当に飲めるの?」
「ああ、大丈夫だ。死にはしない」
「死にはしないって、おい萱場。もしかしてまずいんじゃないだろうな?」
「それは個人個人の味覚に任せる。ちなみに俺はこれが死ぬほど嫌いだ。だが飲まなきゃいけないんだよ!」
流騎は気合と共にケースの中の赤い液体、通称CNCを一気に飲み干した。
「ぐっ……。まずい……」
流騎の顔色は光速の速さで青ざめていき、どさっという音と共にソファに力なく崩れていった。そしてそのまま白目で失神。
「くっ、こうなりゃ、俺もやけだ!」
刈谷も一気にケースを逆さに持ちCNCを飲みあげた。
「うっ……し、しぬ……」
そのまま刈谷はソファに倒れ込んだ。流騎と同じく失神。
「えっ、ちょ、ちょっと二人ともしっかりしてよ……。どうしよう、これそんなにおいしくないのかな……? ねぇ、静香ちゃん? ……静香ちゃん?」
綾夏の呼びかけに暫し静香は自分のケースの中のCNCを見続けていた。といよりも動揺しながら見入っていた。
「あ、はい。な、何でしょう綾夏さん?」
多少、静香の声は裏返っていた。
「だ、大丈夫静香ちゃん? もしかして静香ちゃんもこれだめなの?」
「え、ええ。まあ……、もう二度と飲むことはないと思っていたのですが……」
「そっか、それじゃ一緒にのもっか?」
「はい、わかりました」
「それじゃ、いっせーのーでーは!」
綾夏と静香は二人同時にCNCを飲んだ。そして飲み終わった後、飲む姿勢のまま上品に静香はゆっくりと後ろに倒れ込んでしまった。残された綾夏はというと、
「あれ、これ結構おいしいや」
スペースの中で沈黙だけが響いた……その夜があけるまで。
CNC、脅威です。チルドレンにとって何よりも越え難い存在それがCNCではないのでしょうかというぐらいですがいとも簡単に乗り越えちゃった綾夏は一体……。彼女はただ食べられたら何でもいいのかな?と思っても本人はちゃんと好き嫌いがあるらしいです。