第四十四話 刈谷秀明(3)
「それって、あの事件のときか?」
「ああ」
「あ、あん時は迷惑かけたな……」
「おっ、秀明お前もそろそろ常識というものがわかってきたみたいだな。私は嬉しいぞ」
「う、うるせぇ。もういいだろ、あの時のことは」
「そうだったな。悪いな、嫌な記憶を思い出させてしまって」
「いや、もういいんだ、あの時のことは……もう、いいんだ」
「そうか」
「じゃあ、今から書類を送るからサインしといてくれ」
「ああ、わかった」
俺はファックスにMBSの書類をいれ画面の向こうで親父が書類にサインをしている姿が見えた。そしてすぐさま署名入りのMBS入隊許可証が帰ってきた。
「ありがとな、親父」
「ああ、いつでも掛けて来い。それでは私は失礼する。帰りは三日後だが他に何かあるか?」
「多分俺は当分帰ってこない。合宿があるらしいからな」
「そうか、それではがんばれよ」
通信は終わった。親父は結構寛容なところがあって実際社員にも人気だ。人徳ってやつか。俺は着替えに必要なものを鞄に詰めて本社を出た。行く際に世話係の爺に当分帰れないことを伝えた。
自分の時計を見るとすでに五時半を回っていた。俺は鞄からヘッドフォンを取り出し陽が落ちかけていく街中を鳳欄高校目指して歩いた。耳元では軽やかながらも重厚なクラシックを聞きながら。
はあ、はあ。やっぱり車で持ってきてもらった方がよかったかな?一週間分の荷物をトランクに入れてきたけど、そんなにたくさん入れたっけ?でも、ばあや心配してたな、そりゃ、まあ私は家を一週間以上出たことなかったけど……って、ちょうど二日前まで山にいたんだったっけ……。あはは、ちょっとボケ症が……、
あ、あそこにいるのは静香ちゃんだ。
「静香ちゃーん!」
私は目の前二十メートル先で同じようにトランクを引いていた静香ちゃんを捕捉して大きく右手を振った。静香ちゃんはゆっくり振り返って私を見た。やっぱりすごいな静香ちゃん。やることなすことすべてが上品そのものなんだもん。
そして私に向かって軽く頭を下げ、上がった顔には俄かに笑みが浮かんでいた。私は重いトランクを引きながら静香ちゃんのところに駆け寄って行った。
「綾夏さん、準備は出来たみたいですね」
「うん、でもちょっと入れすぎちゃったみたい……」
「そうですか、それでも私も似たようなものです」
「え、でも静香ちゃんのトランク私の半分もないじゃん……」
「ええ、あそこには洗濯機も乾燥機もありますから」
「え!?そうなの?え〜、じゃこんなに持ってこなくてもよかったんだ、がっくし」
「そう、項垂れないでください。大丈夫です、収納スペースもちゃんとありますから」
「あ、そうなんだ。よかった〜」
「それに今回の合宿は単に刈谷君の強化のほかにもかなり凝縮されたカリキュラムが組まれているようです」
「ええ、そんなー」
「大丈夫ですよ、綾夏さんならやれますよ、私も参加しますから」
「うん、それじゃ、一緒に頑張ろう静香ちゃん」
「ええ。あ、刈谷君が見えてきました」
「あ、ほんとだ。刈谷くーん!」
「あ、木宮さんに倉木さんか。準備は出来たのか?」
「うん、刈谷くんは?」
「ああ、俺もばっちりオッケー貰って晴れてMBS入隊だ」
「それは、おめでとうございます」
「おう、それじゃとっとと萱場が待つ支部に行くとするか」
「うん」
「ええ」
私たち三人は一緒に校門に入って支部に向かった。
うーん、でも支部を毎回支部って言うのはなんかかわいげがないから違う名前考えとこっと……。
私はそんなことを考えながら三人一緒に流騎くんの待ってる場所まで少し歩調を強めながら向かった。
後半は主に三人の会話ですが、刈谷の過去についてなにか語ろうとする雰囲気は!?なんて自分でフラグ立ててばらしたりしたら意味ないですよね。でも刈谷の過去話、私は大好きなのでまだまだ皆様には公開しませんよー^^