第三十九話 ドッジボール(2)
「刈谷、いくぞっ!」
俺は刈谷にはもう一度大きく振りかぶって思いっきり刈谷に向かって投げた。速さにして時速350kmは出ていた。最初に投げたときの二倍近く早かった。さすがに刈谷もこれは片手では無理だったのか両手と体全体を使って受け止めた。しかし、五、六メートルは吹っ飛んだ。
「うぐっ!」
刈谷は飛ばされた後も腹にもろに当たったのか、顔を顰めた。
「良く取れたな。刈谷」
「くっ、結構やるじゃねえか。それだったら俺からもいくぜっ!うおおおお!」
刈谷も俺と同様に大きく振りかぶり投げてきた。俺と同じスピードで来たボールはまるで矢の如く一直線に向かってきた。反射的に俺は取る構えに出たが、俺も同じように刈谷どうよう吹っ飛ばされたが二メートル弱だった。くそ、きっと刈谷の力はこれまでじゃないな、まだまだボールに勢いが乗りそうな感じだ。おもしろい、おもしろいぞっ!
当の刈谷も勝敗のことなど忘れて流騎との勝負に燃えていた。二人の間には試合前の嫌悪感、拒否感などはすっかり消え去り、新たな心情に二人は揺らいでいた。
1対0で刈谷が優勢だが勝負の行方はわからなくなった。周囲の野次馬はただただ生唾を飲み込んだだけであった……。
さてと、どういった風に投げるか……。直球で適う相手じゃないな。刈谷のあの受け止め方からして直球には強そうだが変化球には弱そうだ……。ドッジボールじゃ難しいかもしれないがこれで行こう。
俺はボールを片手で持ち、自分の目の前に腕を伸ばして一直線にした。そして思いっきり自分の腹のほうに腕を捻らせながら引っ込め、
「せいっ!」
の掛け声と共に一気に捻り直しながら押し出した。ボールは思いっきり横向きに回転しながらゆっくりと刈谷に向かって進んでいった。まるで時間がゆっくりと進むかのように、しかしボールの回転は異常なほどに速い。そして十秒ほどたってやっと刈谷が手を伸ばして取れるような距離に来たとき、急にボールが速度を上げたというより視界から消えたように刈谷の顔あたりに向かったのだが刈谷は寸前で避けたのだが肩を弾いた。
「ぐっ!」
刈谷は肩を弾かれ顔を顰めたがすぐに俺のほうに向き直り、ボールを拾ってさっきと同じように大きく振りかぶって投げた。
がしかし肩をはじかれたために威力が落ちていてはいたが時速にして200kmは出ていた。さすがに目が慣れていたので難なく取れた。
「くそっ……!」
刈谷は少し毒づいた。
俺は今度はボールを水平投げにして、まだなスピンなく動揺させる手を使ったが、刈谷の動体視力はいいらしくなんなく片手で取った。刈谷は薄く笑い、天井を見上げ天井に向かって投げた。しかし投げ方が奇妙だった、足を高くあげボールを床すれすれまで持っていき奇妙な手の回転をさせて投げたからだ。
ボールは天井すれすれまで飛んでいき俺のほうに向かって落ちてきたのだが、天井の照明が視界を遮った、眩しすぎる光がボールの影を描きそれに伴ってさっきの回転が功を奏し、俺は両手を天に向けて取ろうとしたが、いきなりボールがぶれた。それで俺の指を掠めてボールは弾いた。くそっ……。
「結構ドッジボールも奥が深いもんだな。刈谷とやっていてよくわかってくるよ」
「ああ、俺もだぜ。ここまで燃えたのは初めてだからな」
「ああ、俺も同じだ。いくぞ!」
今の結果2対2でサドンデスとなった。先にボールを当てたほうの勝ちだ。
俺は速球を直線で投げ、それを刈谷が受け止めた。それは刈谷も同様だった。どうやら俺の長期戦に乗ったらしい、十回ぐらい続けたが刈谷の球威は衰えように無い。あそこまで肩にダメージを受けていながらすごい体力だ。
この投げ方は使いたくは無いが仕方がない、俺はものすごい握力でボールを握った。するとボールの真ん中が凹み、横に大きくなった。俺はそのままそれを投げた、かなりの力が必要としたので俺はそのボールに最後をかけた。
ボールは速いスピードと共にまるで分身したかのように大きく揺れ始め真正面から見るとボールがいくつもあるように見える。俺はこのボールにすべてを託したので体力を使い果たし、膝に手を置き肩で息をしながらボールの行方を見守った。
すると刈谷は、この投げ方の特質を知っていたのだろう、腕を正面に伸ばした。すると、ボールはすっぽり刈谷の手の中におさまった……かに見えた。片手で止めようとしたのが仇となりボールは刈谷の手のひらを弾き、床にバウンドしながら落ちた。
「ふぅ、勝負あったな」
「はぁ、はぁ、そうだな……」
刈谷は口惜しそうに言った。俺は刈谷の目の前まで歩いていって右手を差し出した。すると刈谷は鋭い犬歯を見せながら笑い返して俺の右手を握り返した。俺も自然に笑みがこぼれた。
すると、周りの生徒達と男子教師から拍手喝采が降り注いだ……。
すごい勝負です。ただぽかんと見とれるのは仕方がありません。