第百八十三話 橙色に染まる光は蜜柑の怒り
私は蜜柑、という忍を前に対峙しています。
彼女は青海さんほどとはいいませんが、背は低く、どう見ても中学生程度ですが外見だけで判断をすれば痛い目を見ますね。
「それでは、ちゃっちゃと終わらせましょう」
蜜柑は背負っている熊のリュックサックから透明な棒を取り出しました。
「同じチルドレン同士でもこうやって戦わないといけないこと、まことに遺憾です」
少女とは思えない口ぶりで棒に電気を送り込みながら、蜜柑は何かを唱えます。
私は警戒態勢に入り、彼女の移行を窺います。
蜜柑の能力は雷。一瞬でも見誤ればすぐに殺される。
「鳳来の電華」
蜜柑が術を発動すると、私の周辺を、電気を帯びた風が旋回し、徐徐に私へと迫ります。
「黒煙の砂塵」
私がそう唱えると、私の体を覆うように漆黒の煙が現れて蜜柑の攻撃を防ぎます。
二つの技が相殺し、まったく動かずにしながら対峙態勢に戻ります。
「中々やりますね」
「ええ、あなたも」
「では、次で終わりにしましょう」
蜜柑はまたも熊のリュックを取り出し、そこに電気を蓄電します。電気を帯びた熊のリュックは、しだいに蜜柑ほどの背丈までに大きく膨れ上がりました。
「んふふ、放雷熊形」
眩く眼光を光らせる巨大な熊のぬいぐるみはその両手から鋭い爪を取り出し、電気を帯びた雷爪を私に振り下ろします。
私はそれを横に転びながら回避します。よく見れば、この熊は蜜柑と同じ行動を取っていることがわかります。ならば、本体を狙うが善作。
ですが、試しに熊のほうを狙ってみるのも良いのかもしれませんね。
「六星羅衝破波!」
未来さんの技を拝借し、暗黒の線を引く六芒星が熊目掛けて放たれます。それは、直撃せず空間を歪ませたのみで空を切りました。
間違いなさそうですね。あの技で蜜柑には自分の技に多少の自身を持たせ、隙を狙えれば儲けですね。
私はそのまま疾走し、蜜柑目掛けて腰の銃を乱射しましたが、そのすべてがありえないスピードで戻ってきた熊の腕に当たりました。
「!?」
「光の速さより敵うものが、地球上にあるとでも?」
含み笑いを浮かべる蜜柑は、最初から自信満々ってわけですね。
でも。
「くっ!?」
蜜柑が苦悶の声を上げて、その場にしゃがみこみました。
「一体、な、なにをっ!?」
腹部と右脚部から血を流しながら、蜜柑が訊いて来ます。
「さっきの技が当たっただけです」
「そんなわけがっ!」
「あれは、ダミーですよ」
「っ」
「幻影の双剣、シャドークロー」
私は技を唱え、蜜柑へと近寄り、決着をつけようとしたら、先程の熊に弾き飛ばされました。
「くっ」
なんとかガードが間に合ったものの、電撃を帯びた攻撃で私の両腕は痺れました。
「許さない、許さないっ!」
蜜柑の語調、表情は戦闘前の落ち着きや冷静さを欠き、憤怒の感情を前面へと押し出していました。
まずいですね、暴走でもされたら、ここから落ちてしまいます……。ならば、早急にケリをつけましょう。
私はシャドークローを解消し、技の詠唱を始めます。
蜜柑は、熊の技を解除していましたが、あちらも詠唱を唱え始めました。見る見る内に、蜜柑の体は淡い橙色の光を帯び始め、最終的には太陽のような輝きを放ち始めました。
直感でわかります。この技は危険だと。ならば、私も迎え撃たねばなりません。あの技を無効化し、蜜柑を倒せるほど強力なのを当てなければ。
「雷神ゼウスが御心、サウザント・ボルト!!」
蜜柑の体より生まれし雷電は、一直線に私の方を目指していました。まるで私が避雷針になったかのように。でも、すかさず私も反撃します。
「宇宙の理を捻じ曲げし力よ、黒き悪星!!」
私の前に現れたのは小さな、ゴルフボールほどの球。しかしそれは、転移したブラックホールで蜜柑の技の雷電を残らず吸収して異次元へと吹き飛ばしました。
「そ、そんなっ……!」
そして、蜜柑は力を使いすぎたのか今度こそ本当に膝から倒れこんで気をなくしました。
「ふぅ、少してこずりましたね」
私は一息ついて、未だに闘っている秀明のほうへと視線を向けました。
「覚悟っ!」
「あら、まだ降参はしないわよっ!!」
俺は手に握った線香の束に火を点けて、紅目掛けて投げつけた。
「きゃっ!」
女らしい悲鳴を一瞬上げて、紅は動きを止めた。
勝負あった。
「しっかし、まあ、すんごい効果だな」
「ひ、ひ、卑怯者っ!」
紅は辺りに散布する線香の煙を怯えながら回避しようとするが、量が尋常じゃないため声も弱弱しい。
『しかし主よ、我々はこういった類のものは平気だが?』
「げっ、そうなのかよ。なら、こりゃどういうこった?」
俺は線香相手に四苦八苦している紅を傍観しながら思考を巡らせた。
「もしかして、本質的に線香の匂いが駄目だとか? アレルギー?」
という仮想を立てたところで、俺は静香の元へと振り返る。
「こ、こら、待ちなさいっ!」
後方で紅が負け惜しみの台詞を喚いているが、勝負は決した。それになにより、
「線香の火が消えるまで頑張るんだな。それと、相方の奴、介護してやれよ」
「み、蜜柑っ!?」
静香の足元でぐったりとなっている蜜柑を確認した紅は渋面になり、そこで反撃する意が薄れた。段々とその表情が焦りへと転じる。
「大丈夫です。気絶しているだけですので」
静香がそう告げると紅の表情に一瞬だけ明るみが灯り、次の瞬間には自分達の敗北を認めざるを得ない絶望感に陰った。
「それじゃ、行くか」
「ええ、参りましょう」
俺は静香と共に、萱場達が向かっていった本殿へと急ぐ。
「なあ静香」
「なんですか?」
俺は静香の顔を走りながら振り向いた。
「もし、この戦いが終わったら……」
「終わったら?」
俺が続きを言い出そうとした時、本殿の方から凄まじい爆音が轟き、俺たちの視界は多大な量の水蒸気に覆われた。