第百八十二話 忍、それは頭首を決して裏切らぬ忠犬
「なあ、静香」
「なんですか、秀明?」
俺は、目の前で言い争っている蜜柑と紅を静香と共に傍観している。俺たちを襲っていた他の連中は、もう片付け済みだ。後ろで山となっている。
「不意打ちって、あり?」
「この際、いいんじゃないでしょうか?」
「だよなっ」
俺は不適に笑い、技を発動する。
「大地の鈎爪!」
とは言ったものの、清水は土が使われていない。つまり、俺はまったくもって不利、ということになる。
「あっ……」
「馬鹿ですか、あなたは」
「う、うるせぇ!」
さっきまでは素手で戦ってたからな、自覚してなかったぜ。しかも、光も、こう夜だと使い物にならねぇ。
「た、頼んだ、静香」
「仕方がありませんね」
そう言いつつも、静香は最初からお見通しだったみたいだ。あ、遊びやがったな……。まあ、いっか。俺は、このまま見守るとするから。
俺は、静香と共に築き上げた敵の山の上に腰を下ろした。
「惑わしのフローラ」
静香の手から幾千もの、闇色の花弁が蜜柑と紅の視界を覆う。
「うわっ、びっくりしたー」
「ほら、敵に先制を打たれたじゃないですか」
敵は、中々に場数をこなしているみたいだな。全然動揺すらしてないし。
「影よ、私を守りたまえ、エイン・シャッテン」
静香がすーっと闇に消えて不可視になる。
「あれ、あの子、消えちゃった」
紅が辺りを見回す。
「仕方がないですね。影雷」
蜜柑から幾筋もの光が迸り、辺りへと拡散する。紅が慌てて避け、俺も軌道を見極めて体を屈める。静香が出てこないってことはあたらなかったみたいだな。
「あ、危ないじゃない!」
「避けたでしょ」
なんか、敵でもこういうのがあるんだな。紅、同情するぜ。
「あら、あなたは闘わないの?」
紅が俺に問いかけてくる。
「ん? ああ、静香がやりたいんだってさ」
「そう、じゃあ、蜜柑よろしく。私はあの子とやるわ」
「わかりました……」
紅が俺のほうへと向く。
「え、マジで?」
「ええ、マジよ。我流蛇流、蛇睨み」
紅が両手で蛇の目のような形を作り、中から閃光が迸る。目暗ましか? 俺は急いで視界を隠し、敵の山の陰へと隠れる。その間に、相手の技から生まれる光を吸収する。
「ああ、めんでぇな」
髪を掻きながら、紅のほうを向く。
「刈谷秀明だ。よろしく頼むぜ」
「蛇葵紅よ。私の方こそよろしく」
紅は懐から二匹の蛇を取り出す。
「蛇使いかよ、趣味わりぃぜ」
「あら、蛇はかわいいわよ?」
そういうもんでもないだろ、と思いつつも俺もオロチを呼び出す。
『主は、蛇が嫌いなのか?』
と、オロチが聞いてくる。お前、話聞いてたのかよ……。
「大丈夫、お前は神獣だからな」
『それを聞き、安心した』
「あら、いいわね。それ」
紅は俺の背後で蠢くオロチの姿を物欲しそうに見つめている。
「だろ?」
俺は嗤い、オロチの一匹を紅向けて延ばす。
それを紅は空中へと避けてかわし、手にした二匹の蛇を俺へと投げる。
「!?」
その二匹の蛇は、光を帯びて俺へと光速で迫ってきた。
「くっ!」
オロチでガードしたが衝撃はピンポイントで、俺は後方へと後ずさった。
「あら、防がれちゃった」
紅が残念そうな声を漏らして、着地する。
「オロチ、蛇流昇天拳」
『承知』
オロチ八匹が、俺の右腕と左腕それぞれ四匹ずつ、螺旋状に絡みつく。そして、拳の辺りで頭を合体する。見れば、八つの眼光がそれぞれの拳で紅く光っている。
「あ、いいな、それ」
「お前、そればっかだな」
俺は落胆の声を漏らしながらも、拳を構える。
それに合わせるように紅も、拳法の構えを取る。
「我流蛇流、蛇拳」
くねくねと体をくねらせる紅は、色っぽいな。大人の女って感じがするが、そんなこと思ってると静香に殺されかねない。
俺は邪念を払拭し、紅の頭部に拳を放った。殴りかかるのと同時に、足を蹴る。そうすることで一気に間合いを詰め、そのまま拳を繰り出すことができる。
しかし、紅は蛇のような動作で俺の拳を避けた。
紅は背骨がないかのような動作、つまり背中を180度も後ろへと曲げて俺の攻撃をかわした。
「すごっ」
そんな声が出る。
そんなことを言いつつも、俺は紅の足を狙ってもう片方の拳をぶつける。だが、これもかわされる。
「蛇拳、緩急の型」
紅は俺の攻撃を避けた後に、そのままの態勢で俺へと接近して腕を俺の首に巻きつけた。
「ぐっ」
首を絞められ、息ができなくなる。
「あらあら、遅いのね。まあ、こんな大きなもの巻いてたら遅くはなるか」
余裕の表情で、紅は空いている手で俺の腹部へと狙いを定める。
「っ!」
蛇は敏感だということを本能的に受け継いでるのか? と思うほどに紅は俺の腹を蹴りながら、後ろへと跳躍した。
なぜなら、その直後に俺の腕に巻きついていたオロチが開放されて紅を狙っていたからだ。俺は紅に蹴られた衝撃で後方へと吹っ飛び、後ろの社務所にぶつかる。そこで、置いてあった商品がばらまかれ、俺の視界へと入る。
「あ、ありがとな、オロチ」
俺が小声でオロチに感謝し、オロチは静かに頭を垂れた。
「危なかったわね、さすがにそんなことができるなんて想像してなかったわ」
実は俺も驚いていたりするが、紅はオロチが自我を持っていることに気付いてはないみたいだ。なら、勝機はいくらでもあるな。
俺はオロチと相談して策を立てた。
これで、終わりにしてやるよ、蛇女。
「蛇の弱点って知ってるか?」
俺は紅を正視しながら、口を動かした。俺の右手には社務所にあった線香の束を握られている。