第百六十九話 幾銭もの想い、ただ一つの真実
「桃ちゃんは大丈夫かな?」
私の隣で綾夏さんが心配そうな声を出しています。桃ちゃん……林果桃さんは先程まで私に話しかけてくれていた雷のチルドレンです。私も心配してますが今は進むしかありません。
「大丈夫です……桃ならやってくれます」
「そうだな、なんたって林果さんにはあの能力があるしやってくれるさ」
静香さんと刈谷さんが連呼して綾夏さんに答える。
そして私達はまたも同じような個室に辿り着きました。そこで待っていたのは燃えるような赤色をした髪をした長身の男性でした。その男を一瞥しただけで綾夏さんは足を踏み止めた。
「炎蹄っ!」
「ほほう……その声、匂い、加藤……いや木宮綾夏か。久しい人物だな。だがこの空気、私の相手をするのは違う者のようだ」
火のオリジナル、炎蹄。資料のみですが名前だけは熟知しています。そしてさっき皆さんで走っていたとき相談しあった計画通りに実行しなければなりません。
「では、皆さん。後はお願いしました」
私は皆さんの一歩前に出ます。オリジナルを相手にするときと同様、相性はオリジナルだろうとチルドレンだろうと変わりはしません……なら、ここで唯一水の能力を保持する私が倒します。
「ほほう、お前が来るか。お前からは流水香の匂いがするな。水のチルドレンか……面白い」
「青海ちゃん……」
未来さんが私の後ろで心配げに声を掛けてくれます。ですが、
「大丈夫です。皆さんは先を急いでください」
「あぁ、わかった。紅葉さん、頑張れよ」
「はい……」
刈谷さんを先頭に私を除く四人は何もしない炎蹄の横を通りすぎて先へと続く廊下を辿っていきます。
ごくり
緊張と焦燥で固唾を飲み込む私。目の前のオリジナルからはなんともいえない落ち着いてもなお放たれる脅威の熱気が部屋中に分散しています。
「来ぬか……ならば、私から参るぞ」
炎蹄は視力がないのか目を閉じたままです。でも炎蹄は私の姿が見えているかのように私を向いています。その手には復元された火の球が燃えています。
私も両手に水を復元させて相手の出方を窺います。
でも、突如炎蹄は火の球を解除しました。
「もう、よかろうな……」
「え?」
いきなりのことに私はどうしていいのかわからなくなりました。これは罠なのでしょうか? 戦闘経験の少ない私にはどう出て良いのかわかりません。
「お前の仲間が無事に辿り着ければいいがな」
「な、なんのことですか?」
私は両手の水を解除せずに聞き返す。
「私はもう疲れたのだよ」
「疲れた?」
どこか郷愁に浸る炎蹄の顔は私を通り越し遥か向こうの世界を見えない目で見ているかのようです。
「長くはなかったが、それでもこの体というのは不便だ。いくら同志とともにここまで来たといっても自分の子らと争う気など私にはないのだ」
「本当ですか?」
「信ぜずともよろしい。だが、私は消える。お前には一つ教えておくことがあるな」
「な、なんですか」
「森羅を止めてくれ。あいつは自分に溺れすぎだ。実力は確かに私達の中でも随一だろう、だが私の体はもう持たない。だからあいつを倒してくれ。頼んだぞ」
私の目の前で炎蹄の姿が段々と薄れ、向こう側の壁も見えてきた。これが、オリジナルなのですか? 脅威としてチルドレン達の恐怖の対象となっていたオリジナルがいとも簡単に消えて行きます。
「ま、待ってください!」
「なんだ?」
半分消えかけの体で炎蹄は振り返ってくれました。慌てて呼び止めたのはいいものの何を訊けば良いのかわからなくなってしまいました。あわわ……どうしましょう。
でも炎蹄は柔和な笑みを浮かべて言ってくれました。
「ありがとう。だがさようならだ。オリジナルとて人間なのだよ……それが例え求めたわけでもない力を手に入れただけだとしても、化け物じみた私達も人間なのだよ。わかってもらえて嬉しいよ。では、さらばだ」
炎蹄………炎蹄さんの最期に見せてくれた笑顔はとても神々しくて一番似合っていました。私の目は知らず知らずの内に熱くなり、一滴の涙が頬を伝っていきます。
「オリジナルもチルドレンも化け物……」
炎蹄さんが言い残していった言葉を思い出し、続けます。
「でも同じ人間……」
炎蹄さんはオリジナルはその力を偶然に手に入れたかのようなことを示唆していました。それは私達チルドレンと一緒だということなのでしょうか? でも、わからない。わからないんです。今の私は、遂最近にチルドレンにされました。一般人の私がチルドレンに………今でも実感がわきません、でもそれが今の私の現状。
駄目です、頭がこんがらがってきました。
少し冷静になって何も考えずにじっとしてみました。十数秒経って、新たな決断を攻められました。
「私はこれから皆さんの後を追って行くべきでしょうか? それとも流騎さんや桃さんの手助けに向かえば良いのでしょうか?」
またも、暫く考え込んでみます。でもここは進むべきですね。オリジナルの数は後五人……私を除いて先行して行ったのが四人なので戦闘をしていない私が援助すべきのはずです。足手まといになるだけかもしれないけど、それしか今私にはできません。
私は一人で奥へと続く廊下を駆け始めます。
石でできた廊下を靴の湿ったような乾いた音が響きます。ちょっと、怖いです。というよりかなり怖いです……こういうの苦手です。本当に駄目なんですよね。
暗いとその先に潜むものが確認できない……そして脳が勝手に想像してしまう……それが未だに克服できないです。
そんな中、背後から気配を感じました。え? だ、誰でしょうか? 流騎さんたちならいいんですがもしもオリジナルだったら?
私は一旦立ち止まって、戦闘態勢に入ります。両手に水の球、ケイを復元させて後ろの暗闇を凝視します。
足音が、二人程の足音が近付いてきます。廊下には頼りなげに揺らめく蝋燭の光は辺りを灯っているはずなのに余計に暗さを闇を強調します。
ほんの十数メートル前方まで足音が近付いてきて、
「青海ちゃんっ!」
桃さんの声が聞こえてきました。
「林果さんっ!?」
蝋燭の灯りの下、林果さんが私に手を伸ばして抱き寄せました。
「わっ、林果さんっ! く、苦しい……」
林果さんの胸の中に私の頭が納まって、離れません。い、息が……。
「おい桃、いい加減にしとけ。苦しんでるぞ」
「あ、ごめんごめん」
「お二人とも無事だったのですね?」
「うん、なんとかね」
「ああ、なら先を急ぐぞ。あいつらだけじゃ不安だからな」
「はいっ!」
私達三人は一緒に他の皆さんのもとへと走り出しました。