第百六十四話 動きだす人類―the time for revolt
「―――以上の事情を踏まえ、お前達の任務はオリジナル七人の討伐とチルドレン紅葉青海の拘束だ。彼等の次なる目的地は中国だと推測される。お前達はこれより本部から手配されるヘリに搭乗し、中国、北京へと向かえ」
「急、ですね」
流騎が沈痛な表情で返答する。
「ああ、こちらも大混乱だ。国民、それも世界中の人間がオリジナルについての情報を知ってしまった。我が国の国家機密をだっ! それの対処の為、政府は混雑状態にある……。それにだ、その情報漏洩原が紅葉青海殿だと示唆されているのだ……いいかお前達、なにがなんとしてでも紅葉殿を連れ帰り、オリジナルを抹消しろ。いいなっ!」
ハヤブサからの通信が切れた……。
「くっ、こんなことになるなんてよっ!」
刈谷は傍にあったパイプ椅子を勢い良く蹴りつけた。
「そうだ、な……」
流騎は沈痛そうな表情で、先程までハヤブサが映っていたスクリーンを正視していた。
召集のかかった一室にはいつもの面々、流騎、刈谷、静香、綾夏、未来の5人と桃の姿がある。
「その紅葉青海ちゃんって子は、桃……知らないけど裏切るような子じゃなかったんだね?」
桃が一番室内で冷静さを保っていた静香に尋ねる。
「ええ、ですが当初よりそれが目的だとしたら……青海さんは芯が強い方ですからあまり驚きはしません」
「へぇ、じゃあ静香は知ってたんだね」
「ええ、それが青海さんの宿命みたいに思えましたから」
静香の顔にはその事実を黙っていた罪悪感よりも、むしろ我が子を見つめる親の目には和らげな表情を浮かべていた。
その静香の横で綾夏と未来はパイプ椅子に座り、俯いていた。
「でもなんで青海ちゃんは裏切ったんだろ……。本当に短い間だったけど友達になれたと思っていたのに……」
綾夏は涙を浮かべながらそう呻いていた。隣にいる未来も同様に涙している。未来の腹部は完全に回復しており、だがそれよりも心への傷は深く抉られていくばかりである。
静香は問いかけるように二人に言う。
「状況判断からしてみれば裏切りにも取れますが、私は青海さんが帰ってくるような気がします」
そこにもやはり柔和な物腰をした静香の表情があった。
「「え?」」
と未来と綾夏は揃って顔を上げ、話を聞いていた刈谷と流騎も静香の方へと視線を移す。
「なぜ、そんなことが言える?」
流騎は少し怒のこもった声で聞き返すが、それは気が急いているのだと窺える。
「直感です」
「直感か……静香らしくない言葉だな」
「そうかもしれませんね」
流騎はそれ以上詮索することなく、再度考え込むようにしながら床へと頭を垂れた。
「静香の直感なら俺は信じるぜ。紅葉さんは絶対に帰ってくる……いや、違うな」
刈谷は考えるポーズを図示してから間を置いて述べる。
「俺たちが紅葉さんを連れ戻しに行けばいいだけのことだろ?」
刈谷のその一言で、今までどんよりと思い室内の空気が幾分か晴れ渡る。
「そ、そっか! 私たちで青海ちゃんを迎えにいけばいいんだ!」
綾夏は嬉しそうに未来と手を取り合いながら目を輝かせる。流騎も椅子から立ち上がりながら50%笑いで刈谷の肩に手を置いた。
「刈谷も的確な判断力がついてきたよな」
「俺をいつまでも見下してんじゃねぇぞ、萱場」
「ああ、そうだな」
男二人を脇目に、静香と桃は微笑していた。
「あーあ、なんだか面白くなってきたねー」
「桃は面白くなさそうだけど?」
「ううん、ただちょっと青海ちゃんって子が羨ましいだけ」
「羨ましい?」
静香は聞き返す。どうやら桃の意図がわかっていないらしい。
「だって、こんなにまで皆に好かれてるんだもん」
桃の表情に陰りが一瞬だがかかり、それを見逃すほど、静香は鈍感ではない。
「たとえ青海さんでも桃でも私たちはきっと同じことをしていると思う」
「そう、かな?」
「そう」
静香の言葉に1%の躊躇もなく、それを聞いた桃は心底心温まる気持ちに浸った。
「ありがと」
「何?」
桃の感謝の意を静香は理解できなかったようである。どうやら静香は他人事に関しては尋常なほどに敏感ではあるが、自分のことに関すると急に鈍感になるようだ。それが本性なのか、演技であるのかは未だ定かではない。ただ言えることは、静香は幼い頃から一緒にいた桃とは枷を外して普段聞くことのない静香の喋り方をするということだ。それは刈谷とも言えることではあるが……。
「よし、じゃあ早速準備に取り掛かるか。青海は待ってるかもしれないが、時間は待ってくれないからな」
流騎は任務通達室から先導して出、任務時に支給される装備品を受け取りに行った。
「さ、俺たちも行くかっ」
刈谷は張り切って流騎の後に続いた。他の女子四人も刈谷と流騎の後に続き、全員の顔には先程までの悲壮感が薄れ期待と焦燥感が溢れつつあった。
今、六人のルネサンス少年少女達は自らの元凶オリジナル八人と対峙し、青海の真意を見極めに中国、北京へと発った。
プロペラの旋回音がうるさく轟き、中国・北京のとある高層ビルの上に二機のヘリコプターが降り立った。北京の空はどんよりと灰色一色であり死の匂いを感じると言ってもおかしくはない。
降り立った一機のヘリコプターの中からは慌しくルネサンスの一般隊員が出入りし、もう一機からは六人の若い男女が出てくる。
若い女子達の髪はプロペラの旋回が生み出す強風により乱れ舞い、彼女達は髪を手で抑える。だが男子のほうは強風など気にも留めず、二人の間で会話を続行していた。
男女六人は一般隊員達に先導されながらビルの中へと入っていった。
「しっかし、初めて来たが、ヘリはちょっときついな」
刈谷は開口一番そんな不平を漏らした。他五人も同意見だったのか否定する意も見せずに、歩行を続けた。
「皆さん、どうぞこちらへ。充分にお疲れを癒してください」
一般隊員の一人がそう告げ、六人は小部屋へと案内された。
六人が降り立ったビルは中国に極秘裏に設置されたルネサンスの海外支部の一つである。流騎達が案内された小部屋は、といってもそれなりの広さはあるのだが、には設備が色々と設けられ文字通り疲れを癒せる場となっている。
「さて、任務開始は約三時間後。点検が済んだ後、しっかり寝とけよ」
流騎は一言そういうと、ドサっと仰向けになってソファに倒れこんだ。
「萱場の奴、さっさと眠りやがって。はぁ、俺も早く点検終わらせて寝るか」
刈谷はそうぼやきながら自分の運び込まれていたバッグの装備一式の点検を始めた。自分の銃を点検しながら、「なあ静香、手伝ってくれないか?」と頼んだが後ろから返事は返ってこなかった。
「静香?」
刈谷は自分の背後を振り向いた。
刈谷の声に誰も反応する者はなく、部屋は穏やかな静寂に包まれていた。
「なんで、皆ねちまってんだよ……」
悪態をつきつつも刈谷は手元の銃へと視線を戻した。
そう、刈谷以外の他の隊員は全員前もって準備・点検を済ませていたため各々軽い寝息を立てていたのだ。
「くそ、俺もねみぃ……」
刈谷の愚痴が淋しく部屋に残り、静寂により掻き消された。