第百六十二話 流水香の笑み―smile of Lusica
坂城は笑みを浮かべ、綾夏のファイアーアローは黒い影の壁によって遮られ、消滅した。
くっ、さすがに西園寺を背負いながらだときついな。しかし、坂城の能力……なんて威力だ。
「綾夏、坂城は俺が引き受ける。お前は西園寺を守っていてくれ」
「わ、わかった」
「頼むぞ」
俺は坂城の能力の範囲外だと思われる場所まで逃げ、坂城に睨みを効かせる。
「ほお、シルキが相手か。良いのですか、流水香殿?」
「ええ。ここで死ぬようでは私がチルドレンにしてあげた意味はないですから」
「左様ですか。ならば勝負だ、シルキ! 我が幻影なる暗黒の使徒よ、刃となりて敵を切り刻め!」
坂城の展開した黒色の地面からはいくつかの黒い球体が跳びあがり、それが鋭い氷柱のような形となって俺に飛来してきた。
「くっ、氷人の刃、ヒエロ・ランス!」
俺は右手に現れたヒエロ・ランスで次々に坂城の技を弾こうとしたが、黒色の氷柱は弾かれることなくヒエロ・ランスにくっついた。
「なっ!?」
そして、すかさずすぐさま放たれた坂城の技が俺の腹部に命中した。殴打された感触のすぐ後に服を破りながら、数多の氷柱の先端が俺の皮膚を貫いた。
「ぐはっ!」
「流騎くん!!」
綾夏の声が背後から聞こえたが、俺はすかさず駆け寄ろうとする綾夏を右手で制止させた。
「大丈夫だ。綾夏は西園寺を……」
「わ、わかった」
俺は坂城をまたも睨んだ。坂城は己の地で作り出した安全地帯で守られている。正面に出れば一気にやられる。かといって離れてもさっきみたいな技を喰らう。
さっきの技の検討は済んだが、坂城はほかにもまだ隠している可能性が高い。迂闊に近づけない。それに、あいつの傍には流水香がいる。俺がどんな技を出しても、すぐさまばれてしまう。
どうすればいい……?
俺が思考を巡らせている間にも坂城はまたも動き出した。
「手も足も出ぬか、シルキ? ならこちらから行くぞ。ドッペルシャドー」
坂城がそういうと、またも黒色の地面が盛り上がった。
「なっ!?」
地面から浮き上がってきたのが俺と等身大の俺自信だったからだ。しかし、顔や全身がすべて闇のような色で染められていた。
「俺、だと?」
「ああ、そうだ。このドッペルはお前の影そのもの。自分と戦い負けることを味わうがいい」
くっ、このままだと坂城を倒すどころか俺が倒される。最後の手段として綾夏にも……。
思考を巡らせていると、俺の影は動き一つ見せずに霧散した。
「「な、に……?」」
俺と坂城の声が重なった。それは俺の影が消えたことに関する事実ではなく、同じく目の前にいた坂城に異変が生じたためだ。坂城の腹部からは俺のヒエロ・ランスが突き刺さっていた。
いや、正確には俺のではなく俺のを酷似した流水香のヒエロ・ランスだ。
どさっ、そんな音と共に坂城は膝から地面へと崩れ落ち、それに伴って俺の影を造り出した坂城から延びる黒い影の道は消失した。
「命拾いしたわね、シルキ」
流水香はゆっくりとヒエロ・ランスを抜き取り、付着していた血諸共振りほどいた。
「どういうつもりだ、流水香」
「あら、別に深い意味はないわよ。あなたは死にたくなくて、私もあなたにはここで死んで欲しくなかっただけ」
俺は警戒を解かずに、新たなる攻撃の手を練っていたが
「あら、私を倒そうなんてしても無駄よ。それはあなたが一番良く理解してるんじゃない? あなたも同じよ、お嬢ちゃん」
「!?」
くそっ、ばれていた。俺が流水香の気を引きつけてその間に綾夏に攻撃させようとしていたのに。
「あ、そうそう。そういえば用件が一つあったわ」
流水香は構わず続けた。
「私たちもそろそろ陰でひっそり生きていくのに飽きたから、そろそろ世界を手に入れようと思ってるの」
「なに!?」
世界を手に入れるだと……? たった八人でか?
「そう、私たちオリジナルが八人も一緒に行動したら世界なんてあっという間でしょうね」
「何をたくらんでる!」
「あら、察しがいいわねシルキ。そう、ただ世界を乗っ取るだけじゃつまらないわ。だったらいっそ世界紛争でも起こさせてその成り行きを眺めるのも素敵じゃない?」
「なん、だと……?」
「そのままの意味よ。私たちを止めたかったら探しなさい。そうね、まず手始めに中国のチルドレン研究所でも落としましょうか。日本の仕業だって公表してね」
「させるか!」
「あら、でもそういう計画はMBS……じゃないわね、ルネサンスの政府上層部も考案しているみたいよ。極秘裏に行うみたいだけど」
「なに……?」
「組織ってのはね、下に行けば行くほど拘束されずに済むけど、それ程真髄からは離れてるってことなのよ。じゃあねシルキ。そこのお嬢ちゃん二人も、またね」
「ま、待て、流水香!!」
俺の叫びも虚しく、流水香は空気中の水蒸気と一体化し消えていった。
もし流水香の言っていることが正しければ、このことは一刻も早く報告しなければならない。
だが、これではっきり判ったことが一つだけある。オリジナルの誰かが組織内上層部にいる。あるいはそれ以上の存在に匹敵する人物に。
しかし今はここから脱出することが最優先だ。
「綾夏、西園寺、大丈夫か?」
「うん、でも未来の顔色がさっきより悪いの」
俺は西園寺の顔色を伺い、脈も取ってみた。
「ヤバイな、低血量性ショックになりかけてる。刈谷たちには後で連絡を入れるしかないな。今はすぐさま病院に向かうぞ」
「うん、わかった」
俺は西園寺を背中に担ぎ、巨大な門構えを潜り抜けて路地に出た。そして綾夏を引き連れてそのまま始めて訪れた隣町を病院目掛けて駆けた。スーツのおかげで致命傷は免れたものの、俺も出血が酷い。
隣で走る綾夏は携帯で一番身近な病院の検出と最短ルートを割り出して俺に伝えている。タクシーを使えば早いのかもしれないが、俺たちはそれぞれ筋力を増加して西園寺に負担の掛からぬ走りをすることにした。
車に乗るといかなる衝撃が来るか予知できない上に、ここに敵がいないという立証もない。
「流騎くん、そこの角を左。そしたらもう目の前だよ」
「よし、わかった」
俺たちは難なく病院へと辿り着いた。ここでも敵の目がないわけではないが一応ルネサンスの一般隊員も配属されている為大丈夫なはずだ。
ルネサンスといっても政府寄りの人間だが、信頼はおける。
俺と綾夏は未来をその専門医の隊員に任せてロビーのソファでぐったりとなりながら体を休めた。
「綾夏、頼む」
「うん」
俺は綾夏に蛍火で怪我の癒着を頼み、目を瞑って息を正す。
坂城との戦闘で俺も綾夏も体力を使いすぎたため、二人共すぐに眠りへとついてしまった。