第百六十話 ひたすら、走れ―run to the limit
「大丈夫か、西園寺?」
「う、うん。私は全然だいじょーぶ……」
私の後ろで、流騎くんが未来を背中に担ぎながら、意識のある未来に安否の確認をしていた。
でも未来の喋り方から判断して、未来はかなり、というより全然大丈夫じゃない。
だって……って聞かれてもうまく説明できないけど、いつもの未来らしくないから。だから私が頑張って未来を無事に病院に送らなきゃ。
ちなみに、私たちはなんとか中庭の中央部分まで気付かれずに移動することができた。
でも驚いたのが、いたる小さな茂みの中にまで監視カメラが設置されていること……。
その一つ一つを私は見つけるや否や壊していった。これだと見つかる可能性が早まるけど、居場所が特定されちゃうほうが危ないからね。って、それは流騎くんに指示されたんだけどね。
でも本当に大きいな、青海ちゃん家の庭……。車だったからそんなに大きく感じなかったけど、本当に大きい。だって、走っても走っても、まだ門に辿り着かないし。
あと、背中を屈めながら移動してるからちょっと腰が痛くなってきたな。このままじゃここ出るまでにおばあちゃん腰になっちゃう……。
そんなことをぼやぼや考えてたら、兵士の一人に見つかっちゃった。
「お前ら!」
兵士はガトリング銃を私たちに構えて発砲してきた。
「火星の神マーズよ、我に御加護を与えたまえフューゴ・ペール!」
「うわっ!」
「流騎くん、こっち!」
「ああ」
私はフューゴ・ペールで兵士の視界を奪って、ほかの兵士たちへのカモフラージュとしてとにかく走った。
「はぁ、はぁ」
「大丈夫か、綾夏?」
「うん、大丈夫。あ、門が見えてきた」
「よし、一気に抜けるぞ」
「まかせて」
私と未来を背負う流騎くんは、中央の本道を走りながら、門までの道のりを妨げる兵士たちが動くより先に私は術を唱える。
「我が右手に宿りし不死鳥よ、飛び立て、火の鳥・火焔・鳳凰の火舞矢!」
私が翳した右手からは鳥の形をした炎が迸り、前方の兵士たちを一斉に払いのけた。
辺りの茂みは、私がコントロールしたから燃えなかったけど、ほかの兵士たちは防火服を着ているのか燃えなかった。でも打撃は充分だったみたい。
そのまま悶えて火傷と痛みに苦しむ兵士たちの脇を通り抜けて、この敷地から外に出る前門まで辿り着く前に一つの人影が茂みの陰から現れた。
「!!」
私は驚きの声をあげながら、その人影を凝視した。それは流騎くんも同様で、驚愕と困惑の色が垣間見えた。
だって、目の前にいたのは坂城ともう一人、私の知らない人。でも、流騎くんはそのもう一人の人物と面識があるらしかった。とはいえ、私もどこかで見たような錯覚にとらわれる。
「お前は、流水香―――!!」
「そう、久しぶりね。萱場流騎くん」
そう、流水香。その名前を私は知ってる。MBSの時のオリジナルに関連した資料を読んでいた時見つけた名前。
流水香は水のオリジナルで、ということは流騎くんに力を後継させた人物ということになる。
流水香は女性で、精粗な藍色と蒼の服装をそつなく着こなして、服越しでも抜群のプロポーションが輪郭を沿ってはっきりと見える。うらやましいな……。
……っは! そ、そうじゃなくて、流水香はでもなんで坂城と一緒にいるんだろう? 青海ちゃんも確か水のチルドレンだったし。でも、オリジナルは普段、人前には出てこないはずなのに。
「なんでお前がここにいる?」
流騎くんの形相は怒りと焦りとが入り混じっていて、汗も数滴額を伝っていたのが見えた。
空は晴天。でも空気はひんやり冷たくて、それがいっそのことこの場の緊張感を張り詰めさせていた。
そして流騎くんの問いには流水香じゃなくて坂城が答えていた。
「流水香殿は我々の勝利を見届けに来てくださったのだ。降参してここで苦痛を味わうことなく死すことが、お前達の唯一の選択肢だ。抵抗するようなら、私がこの手で葬ってくれよう。よろしいですか、流水香殿?」
「ええ。私も高みの見物でもさせてもらおうかしら」
「御意」
坂城は私たちの方へと振り返って拳銃を取り出した。
その銃口は私でも流騎くんでもなく、坂城自身へと向けられていた。
「「!?」」
「まだ言ってはいなかったな。私もチルドレンだ。力は、まあお前達の目で確かめるのだな」
ドン!
坂城は自分の脚部、右太ももに一発銃弾を打ち込んだ。
「ぐっ!」
あ、やっぱり痛いんだ……。なんて感心してちゃいけない、いけない。警戒しとかなきゃ。相手に何か意図があることはわかりきっているから。
坂城の右太ももからは着服を通して赤黒い染みが滲み出て滴っていた。本当に痛そうだけど、坂城の能力ってなんなんだろう……。
坂城は滲み出る自分の血を手に取り、舐めた。そして手に残った血を私たちの方へと振り投げた。
でも血は私たちには届かず、私たちと坂城の中間で地面に付着した。でも、すぐに異変が生じた。
数滴の血が一気に広がって、私たちが立つ庭道全体が血の色で染められた。
「な、なにこれ?」
「気を抜くなよ綾夏、こいつはヤバイ!」
「うん!」
私は警戒心を高めて坂城へ視線を地面から戻したら、すでに坂城は動いていた。
バン! バン!
坂城は拳銃で引き金を引いていて、でも銃弾は私たちの方ではなく地面へと撃たれていた。
「え?」
そしてびっくりしたことに、地面に撃たれたはずの弾丸は消えていた。
「まだ私の能力の説明をしていなかったな。私の力は闇。すべての事柄を隠し、操るチルドレンだ」
坂城がそう言い終わるな否や、足元の黒い地面から銃弾が現れた!
「きゃっ!」
「うっ!」
二つの弾丸は私の右足を掠めて、流騎くんは未来に向かっていた銃弾の盾となって脇腹を掠められていた。
「くそっ! 綾夏、一気に決着をつけるぞ!」
「わかった」
私は右手を坂城に向けて、左手を言葉を放った。
「わが拳よ、炎となりて我が弓矢となれ! ファイアーアロー!!」
一本の火で構成された矢は私の手元から一直線に延びて坂城へと飛躍した。
でも、坂城は私の技を余裕の表情で迎えていた。