第百五十九話 奇襲―tactics attack
俺は西園寺さんの腹部の負傷を止血して、また木宮さんの制服の一部で縛りなおした。
俺たちチルドレンは、傷口を止めることはできるが、無から有は創れない。だから、傷口が塞がっても、その間無くなった血は復活しない。
だから早いとこ、ここから西園寺さんを逃がして輸血をする必要がある。
それをわかっているのか、いや、承知の上なんだろう……。萱場が、これからどうするかを説明し始めた。
「ああ、その班組みは……西園寺とここから脱出する班と、邸内の警備機能を不能にしつつ坂城を討伐する班だ。静香も言ったとおりこれが最善策だ」
「ああ、そうだな」
俺は西園寺さんの介護を木宮さんに任せて、頷いた。
「紅葉」
「はい!」
「ここの警備システムは、あの屋敷内で管理しているんだろ?」
「はい。すべてはコントロール・監視ルームで管理されているはずです」
「なら、坂城を倒す班には紅葉が行く必要があるな」
「わ、わかりました」
「よし。なら西園寺をここから連れ出すのは俺と綾夏がやる。静香と刈谷は紅葉と一緒に屋敷で暴れてきてくれ」
「わかりました」
「へっ、腕が鳴るぜ」
「お二人とも、よろしくお願いします」
「大丈夫ですよ、青海さん」
「俺一人でも充分なぐらいだからな」
俺が意気込むと、萱場がすかさず割って入って続けた。
「刈谷、いいか? お前の班は、屋敷内でのリベリオン側の混乱と機能停止だ。あいつらがここを抑えようとしているのは、ここの敷地と防衛システムの便利さが原因だろう」
「そうですね。ですが、坂城の場合屋敷内にいる可能性は低いと思われます」
「ん? なんでだ?」
俺は静香に尋ねた。
「坂城の性格からして、私達を逃がしたことに執念を抱くと思われます。なので、坂城がいる可能性が高いところは……入り口でしょうね」
「そうなのか。なら、萱場、いっちょ坂城の奴ぶっとばしてこいよ。俺は俺で暴れさせてもらうかんな」
「ああ、好きにしろ。じゃ、そろそろ行動開始するか。いいか、綾夏」
「う、うん。大丈夫。じゃ、流騎くんは未来のことお願い」
「ああ、わかってる」
西園寺さんは今、眠っているから体は安定するだろう。問題は紅葉さんの精神面上の不安定さか……。
「紅葉さん、大丈夫か?」
「え? あ、はい。大丈夫です……」
俺は俯く紅葉さんの肩を手で触れて、少し力を入れて掴んだ。
「紅葉さんは、俺たちに任せてくれれば良い。それに、全員が全員リベリオンだとは考えられないからな。捕まってる人たちも助けなきゃならないしな」
俺は自信に満ちた笑みで微笑んで、幾分か紅葉さんは落ち着きを取り戻した。
「では、秀明と青海さんは私の傍へ。ブラインドを作動します」
「ああ、じゃ行くぜ紅葉さん」
「は、はい!」
「じゃ、萱場と木宮さん後で会おうぜ」
俺は立ち上がって、段々薄れていく霧の中、静香の傍まで寄った。
「ああ、後でな。全員、生きて帰って来いよ」
「俺たちがこんなところで終わるわけねぇだろ」
「そうだな。よし、じゃ行くぞ綾夏」
「う、うん! じゃあね、静香ちゃんに青海ちゃん」
俺と紅葉さんは静香まで近寄って、紅葉さんの技の効力が無くなり始めたのを見計らってから行動に移った。
「偽りの闇よ、この光と同化し我らを隠したまえ、ブラインド」
静香が腕を掲げて、そう唱えると俺たち三人を包み込むように影の色をした薄い膜が現れた。
俺たちを覆ったブラインドを隔てた視界は微かに黒みを帯びているけど問題はないだろう。
萱場たちも行動に移ったのか、萱場が西園寺さんを背中に担ぎ、木宮さんが茂みを伝いながら移動を始めていた。
「よし、俺たちも行くぞ」
「わかりました。ですが秀明」
「ん?」
「近寄りすぎですよ」
「せ、せまいんだから仕方がねぇだろ」
「私は良いのですが、青海さんが……」
「え?」
俺は紅葉さんの様子を窺うと、顔を紅潮させながら小刻みに震えていた。
「も、紅葉さん?」
「だ、大丈夫です。わ、私、異性の方とこんなにも近くに寄ったことが、な、ないので……」
「そ、そうなのか?」
「は、はい……」
んなこと言われても、ブラインドの効果は展開範囲内なら誰にでも効力が現れる。だからこれ以上ブラインドを拡げたら、敵にばれる可能性も上がる。
「わ、悪いけど我慢しててもらえるか?」
「はぃ。が、頑張ります」
俺たち三人は順調良く茂みの間を掻い潜り、慌てながら駆け巡るリベリオン兵士たちの間をすり抜けながら屋敷内に入ることができた。
丁度良く扉も開いていたから難なく潜入は成功した。
中では、俺が作り出した大地の盾が取り壊されていた。でも大理石の取り壊しは簡単ではない。かなり大掛かりに壊したのか、小さな破片が辺りに散乱してそれを兵士数人が片付けをしていた。
「おい、静香」
「しっ、静かにしてください」
「わ、わりぃ……」
ブラインドはさっき説明したとおり、範囲が安定しない。中からの音や声は外に聞こえはしないが、大きな声はさすがに出す気にはなれない。
でもそんなことを言っていてもこれを見る限り、きっと静香も分かってることだろう。
なぜなら、すべての兵士の武装が大幅に強化されているからだ。
警備を担当しているらしき兵士たちは外見だけでもガトリング銃、手榴弾、片手拳銃、アーミーナイフ、それに暗視ゴーグルまでも装備していた。
すげぇな。俺たちでもあんなに提供はされてねぇのに……。
「なぁ、紅葉さん」
「は、はい?」
「どっち行けばいいんだ」
「あ、は、はい。えっとですね、中央の階段を上がってください」
俺たちは囁きながら話し合い、紅葉さんの言うとおり邸内の中央にあるレッドカーペットが敷かれた幅10メートルはある階段を上り始めた。
にしても、改めて思う。でけぇぞ、この家……。
どでかい階段を中一階まで上がると、今度は階段が両脇に分かれて二階へと繋がってるのと、そのまま中一階廊下へと延びていくのが見える。
おいおい……マジかよ………。
俺は心の中で密かに溜息をついた。なぜって? なぜなら俺たちは静香のブラインドで不可視なはずなのにリベリオン兵士たちに銃向けられて囲まれたからだよ。