第百五十四話 獣退治―beast hunt
私の目の前で、流騎くんと刈谷くんがスペースの窓から飛び降りていった。
「あちゃー、結構すごいの来ちゃったね~」
私の隣で未来があの静香ちゃんが言っていた神竜虎獣っていう化け物のことを茶化している。
「でも、あんなでかいの倒せるのかな……?」
私は不安を口にしても内心、そんなことは思ってはいない。だって皆が一緒だから、負けるはずがないもんね。
「やっぱ、男の方はタフなのですね! 制服のまま出て行かれました!」
静香ちゃんの隣で、多分普段から天然+テンションの高い青海ちゃんは感心していた。やっぱり青海ちゃんも怖気づいてないね
「それでは、私達は着替えていきましょう」
静香ちゃんはそう言って、私たちの目の前で堂々と着替え始めた。
「うわー、やっぱプロポーション良いね静香ちゃん」
未来はそんなことを言いながらも自分も着替え始めた。私もせっせと自分のロッカーからスーツを取り出した。
そんな私たち三人を見ながら、きょとんと頬を赤らめながら青海ちゃんが、
「あの……私はどうしましょう? み、皆さん胸が大きいです……」
と最後の辺りを小声で呟いて自分の胸元を見下ろしている。
「青海さんは私の傍にいて、離れないでいてください」
静香ちゃんは真っ先に着替え終えて、スーツの備品の最終チェックをしながら青海ちゃんに言い、
「はい!」
青海ちゃんは元気良く頷いた。
でも、こんな些細な時間の中でもやっぱりあの化け物はじっとしているわけでもなくて、流騎くんと刈谷くんは、神龍虎獣を静香ちゃんの造ったブラインドのバリアの外に出さないように牽制していた。
「私たちも行くよっ、綾夏っ!」
「うん!」
私と未来も静香ちゃんと青海ちゃんに続いて窓から飛び降りて、軽快な足取りで着地した。二階からだけどチルドレンの潜在能力は高くて、こんな衝撃は痛くもかゆくもない。
うわー、上からだとそんなに感じなかったけど下から見上げるとおっきい……。
「綾夏っ! こいつを足止めさせるぞっ!」
流騎くんが後ろを振り向かずに私の名前を怒鳴りながら、ヒエロ・ランスで神龍虎獣と応戦していた。
一方の刈谷くんも土塊で神龍虎獣の脚部を殴打して、かすかに、赤く腫れた痣もできていた。
「うん!」
私は神龍虎獣を、また一度、睨んだ。神龍虎獣の躯は屏風に描かれているような風貌で、虎と龍が混ざったような頭部、虎の四肢に、龍の胴体を持っている。そして神龍虎獣の周りにはラーメンの淵に付いているようなかわいらしい雲が浮かんでいた。ほら、なんかトグロを巻いてるような感じの。
私は自分の親指を噛んで、皮膚を切って、血を一滴、地面に落とした。
私の落とした血は地面に浸透して、消えた。これで罠ができるまでは私は無防備。後は皆に任せるしかない。私は意識を地面へと集中させて、自分の血を操る。
「皆、よろしく」
「まっかしといて。綾夏のためなら私は一肌でも二肌でも脱ぐからっ!」
未来は私の前に立ち塞がって、前脚を振り翳して神龍虎獣の攻撃を防いでくれた。
「幾万の守護星よ、私を隔壁せよ。バーテェスタン!」
未来がそう唱えると、未来の前に星型の透明だけど虹色の星が現れた。
その巨大な星は直径が三メートル程で神龍虎獣からの攻撃を防ぐだけでなく、弾き飛ばしてもくれた。
「綾夏、平気?」
「うん、ありがとう」
私がお礼を言って、神龍虎獣が少し焦り始めた表情を浮かべた時、見逃さまいと刈谷くんが一歩前に出た。
「よし、俺たちも行くぞ! 静香!」
「はい」
刈谷くんは土塊を解除して、静香ちゃんに振り返りながら手を握り合った。
「生誕の光!」
「死滅の闇!」
「幾千もの光の帯よ!」
「幾万もの闇の線よ!」
「「白黒の絶・魔・天・砲!!」」
刈谷くんの右手からは眩い白い光が、静香ちゃんの左手からは陰る黒い闇が、拳から溢れ出て拡散し、神龍虎獣の頸部へ一直線に延びていった。
二人それぞれの放った光と闇の光線は神龍虎獣に当たるまでに交じり合い、かみ合い、絡み合い、一つの巨大なドリルのような、渦を巻いた光線が神龍虎獣に直撃した。
「ぐううぅぅぅぅぅぅぅ………!!」
直撃を受けた神龍虎獣は緩慢な動きでバランスを崩しつつ、後退した。その頸部からは赤黒い血が流れていたけど、神龍虎獣を取り巻く霞がかった雲のせいでうまく視界に捉えられなかった。
私たちの背後で呆然と戦闘を眺めていた青海ちゃんは、でも、怯えも逃げもせずに自分の片手を掲げて、なにかを唱えていた。
「皆さん、私も援護します!」
青海ちゃんは、そう、かわいらしい小さな口から声を上げた。
「青空・晴天・昇天・快晴・無雲。視界を晴らせ、日和晴れ!」
青海ちゃんが唱えるとすぐさま神龍虎獣を囲っていた雲が霧散した。
「ぐぅぅぅぅぅ……?」
神龍虎獣は困惑した表情を一瞬浮かべはしたものの、咆哮を上げ、青海ちゃんに狙いを定めた。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
流騎くんは青海ちゃんに振り向き、少し声を荒げた。
「紅葉っ!!」
「大丈夫です! まだいけます!!」
青海ちゃんは続けて、力を発動した。
「氷塊・氷海・霰雹・氷牙・水槍。我の刃となりて敵を殲滅せよ、牙鋒氷柱!」
青海ちゃんの周りには無数の氷のツララが現れて、神龍虎獣の振り下ろした尻尾を巨大なツララが突き刺した。
「ぐぅがあぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!」
神龍虎獣の龍の尾からは鮮血が迸り、私も続く。
「流騎くん、皆、準備できたよ!」
「よし、上出来だ!」
流騎くんは刈谷くんに視線で一度合図を送って、刈谷くんが頷き返すのも見ずに、すぐさまヒエロ・ランスを神龍虎獣に投げて後退した。
私は未来にありがとうと伝えて、誰も神龍虎獣以外が私の前方にいないことを確かめて術を唱えた。
「松陰焔硝、無砕焼結、熱血呪縛!」
私の目の前で、神龍虎獣の立つ地面に赤く輝く円が現れ、神龍虎獣は瞬時に、紅く発光する球体に閉じ込められた。
私は全身5メートル以上もする生き物を技の中に嵌めることはなかったから、ちょっとやりづらい……でも!
「転結!!」
私が印を唱えると、神龍虎獣は私がつくりだした球の中で激しく燃えた。球体の内に摂氏5000℃もの灼熱の炎と、極度の熱射を放つ私の技の中で、神龍虎獣は生きながら逝った。
神龍虎獣は球の中でもがき苦しみ、聞くにも耐えない獣の咆哮と悲鳴を上げていたけど、徐徐に声帯や脳も焼かれ、響き渡る音は、全てを焼き尽くす業火だけだった。
残ったのは、赤黒く未だに蒸発と沸騰している見るにも無残な血塊。骨も骨髄が溶け、白骨も黒く、炭に変わりつつあった。
「うっわー、結構グロかったね。さすがは綾夏」
ちょっと疲労気味の私を横槍にからかってきた未来の声を聞きながら、私の視線は自らつくりだした残骸を正視していた。
静香ちゃんの創ったブラインドの結界の中では私たち6人と、元・神龍虎獣の焦げた血肉が残った。