第百四十話 消え行く記憶 蘇る思い出(七)
「秀明、秀明………」
静香は俺の名前を呼び続けながら胸元で泣いていた。
「思い出したのか、静香?」
俺は静香を自分の腕の中で支えながら聞いた。
「ええ。今、思い出しました。すべての思い出を、私の過去を……そして秀明、あなたのことを」
「そうか……そうか………。良かった、よかった……」
気付けば俺も落涙いていた。
「なんか、僕達部外者っぽいですね」
隣ではミカゲがハルカ相手に何か喋っていたが今の俺には関係ない。
「そうね、静香の記憶が戻ったのはいいけどちょっと嫉妬しちゃうわ。あんなにイイムードになっちゃって。でも、ま、命張って助けたかいはあったけどね」
ハルナは腕を組みながら俺たちを傍観していた。
ダイテツはほろ苦笑いを浮かべながら
「うむ、それは良いのだが、一応ここは私の部屋なのであって、こういうのは風紀上……」
「総司令ってば頭、古いわね。いいじゃない、総司令も若いときには彼女の一人や二人はいたんでしょ?」
「調子に乗る出ない、ハルナ」
ダイテツの重厚なる声がハルナを制止する。だがその言葉には揺らぎがあり、察するにダイテツの若りし頃の大まかな設定を裏付けるものとなった。
「はい……」
俺は静香の顔をもう一度見下ろし、今度は強く抱きしめた。
「ひ、秀明、い、痛い……」
「あ、わ、悪い」
俺は慌てて力を抑えた。無意識の内に腕に力が入っていたらしい。でも、静香のこんな声……もう滅多に聞けねぇだろうな。んなことを考えると静香が俺を見上げる。
「い、いいのです。それよりも少し恥ずかしいです」
「そ、そうか?」
「は、はい。そ、その、皆さんもいらっしゃいますし……」
「そ、そうだな」
俺は惜しみながらも静香を放して俺はダイテツに振り返った。
「静香自身が過去を思い出した以上、俺の任務はこれで終わりか?」
ダイテツはそこで思い出したかのように顔を上げて、
「お、そうであった。悪いがお前達二人、シズカとカリヤは早速広島に帰還してもらいたい、そこで任務終了になる。そこで任務終了だ。今までで史上初かも知れないな、こんなに早く終わる任務は」
冗談のつもりかダイテツの口元には微笑が浮かんでいた。
「そうか、なら給料もアップするのか?」
俺がそう冗談で返すとすかさず静香が
「私の思い出をお金に換えるのですか?」
う、しまった……墓穴掘った。
「い、いや、静香の思い出回帰祝いになにかしてやりたいからな。そんなの本人の口から言うもんじゃないし……な?」
「そ、そうですか」
また静香は照れながら俯いた。ぐっ、やべぇな……静香にこんな秘密武器があったとは。しかし、うまく誤魔化せてよかったよかった。
しかしそれを見過ごさなかったハルナはすかさず水をさしてきた。
「はぁーあ、最近の若い子ってのはいいわね。私も彼氏つくろっかな」
明らかに彼氏に重点を置いた物言いに俺は眉を顰めるしかなかった。
「そういった話はこの部屋の外でやってくれぬか? もちろんお前達二人もだぞ」
「す、すみません」
静香はすぐさま謝って、
「それでは失礼します」
と静香は他の全員を引き連れて総司令室から出た。
「なんか静香、中国行ってからなんか枷が外れた?」
俺は静香に聞くと、
「秀明も私が拉致される前に比べたら大分変わったように思いますけど?」
「そ、そうか? まったく意識してなかった……でも今は今の静香の方が好きだ」
「わ、私もです」
「かー、あついあつい。ね、ミカゲ君、私と付き合わない?」
「い、いえ、遠慮させていただきますハルナさん」
ミカゲはどうやら性分、気の弱い奴みたいらしい。
「つまんないの」
そんなやり取りをしながら俺たち四人はもと来た道を戻ってバスの中に乗り込んだ。
一応俺が持ってきた鞄は無意味だったな。でも、ま、来た甲斐はあったな。ありすぎだ。むしろお釣りで溢れかえってるな。
今日はこの後東京で時間を潰して終電で静香と一緒に帰ることにしよう。
俺もせっかく来たんだ。今の日本の首都がどんだけのものなのか見ておくのも社会勉強だろう。
そうでも言わないと静香はすぐさま任務が残ってるだといって帰っちまうからな……。
バスで東京の駅、東京駅に着いた。
ハルナは静香の見送りで当面は東京ルネサンス本部に止まるとのことで、ミカゲはここまでの案内が任務だったため一緒に行動した。
「それじゃあね静香、彼氏と仲良くするのよ。あとカリヤ、あんた静香に何かあったらただじゃすまないからね」
「わーってるよ」
「か、かれし……」
静香は耳を真っ赤にして俯いていた。きっと外の寒さが堪えてるんだろうな……。早く中にいかなきゃな。
俺たち二人はハルナとミカゲと別れ、俺は静香の手を握った。
「え?」
静香が戸惑いながら振り向き、俺はそんな静香を抱き寄せた。そして静香の耳元で、
「おかえり」
そう呟いた。
東京の空の上からはひらひらと白い雪が舞い落ちてくる。
「ただいま」
そう言って静香は俺を抱き返してきてくれた。
「寒いか?」
「いいえ……う、ううん」
静香の頬が朱に染まる。綺麗過ぎる程純白な雪が視界一面を覆う。
もう放しはしない。俺は全力で静香を守り通してみせる。静香が以前俺にすべてを残そうとしたときみたいに……、俺は―――。