第百三十九話 消え行く記憶 蘇る思い出(六)
俺は動揺していた。そして俺ほどに静香は混乱している様子であった。
そんな空気を断ち切ったのはダイテツ総司令だった。
「カリヤ、実はシズカは中国に拉致されていたのだ」
「なにっ!?」
「そしてハルナはシズカを中国のある施設から連れ戻してきたというわけだ」
「じゃ、じゃあ?」
「ああ、シズカはその施設で擬似チルドレンの研究の為に使われていたそうだ。その所為で彼女は以前の記憶が無い。実験材料としての後遺症だ」
「それは記憶が無くなったのか? それとも覚えてないのどっちだ?」
俺は一応医学に関してはそれなりの知識を持っている。記憶喪失の際に生じる脳内異変。脳が記憶している記憶の断片が完全に喪失されているのと思い出せない二種類。
「それは私達にもまだわからん」
「なんだっていうんだよっ!? やっと、やっと会えたってのにっ! くそっ! くそっ!」
俺は無意識の内に拳に力を込めて総司令室の床を叩いていた。
俺の一発で部屋全体が軽く震動する。
「や、やめてくださいカリヤっ! このままだと床が抜けます」
ミカゲが俺を後ろから脇下を掴み、俺を制止させた。
俺は静香の方へと視線を移すと静香は少し怯えた様子で俺を見て、ハルナの影へと隠れていた。
あの冷静沈着な倉木さんが……静香が記憶喪失だって!? だったら俺が絶対に覚えださせてやる。俺の事も、他の全員のことも!
そう俺が内心で意気込んでいると、ダイテツがまたも口を開いた。
「憤りを隠せないのも分かるがカリヤ、今は落ち着きシズカがまた拉致されないように護衛任務に就いてくれ」
「わ、わかった」
俺は少しばかり冷静になって、任務を受けることにした。
〜静香の視点〜
一体誰なのでしょうか?
あの方は私のことを知っているようです。ですが私にはわかりません。
あの男の人の声も顔も何か引っ掛かる、なのに思い出せない。
私にとってあの方は特別な方のはずなのに思い出せない……。
私は、私はどうしてしまったのでしょうか?
「晴菜さん、あの男の人は一体?」
「ああ、あれはカリヤ。あ、総司令、言って良いのでしょうか?」
晴菜さんは確か、ダイテツ総司令というここの組織のトップに何か聞いていた。
「ああ、やむを得ない。この際だ、私が許可しよう」
後で知ったことではこの組織の中では個人情報の漏洩は厳禁とされているらしいですが、現時点の私にはわからなかったことでした。
「了解致しました。それじゃ今全てを話すわね。あなたの名前は倉木静香」
「くらき、しずか」
私は自分のだと思われる名前を復唱して頭の中に銘記した。それはさっきカリヤという男の方が私に向かって言っていた名前と同じ。
「そう。そして静香、あなたはチルドレンなの」
「チルドレンって、あの?」
「ええ、ここに来る前に話したけどその一人があなた。そしてあなたは闇を扱える能力を備えているの。そしてグレードは8よ」
「私がチルドレン……。闇……グレード8………」
「そう、そしてあなたのパートナーが目の前のあれ、刈谷秀明」
「かり……や、ひで………あき」
私はゆっくりとその名を口にした。そう、私が聞き覚えのある名前。昔一緒にいたいと願った男性の名。
「カリヤ、あなたも何か言ってあげたらどうなの?」
かりやひであきという男子、多分私と同い年ぐらいの方は俯いた顔を上げて何か言いたげな、でも言いにくくそうに口を泳がせていた。
「し、静香。本当に覚えていないのか? 俺のことも萱場のことも、木宮さんのこと、林果さんのことも?」
私はその名前の数々を昔聞いたことのある、ものすごく馴染みのある名前……。
でも私は、思い出せない。失われた記憶と馴染みのある記憶の断片がうまく繋がらない。
知らずに私の瞳から涙が零れる。
私の視界は揺らぎ、ただ冷たくて温かい涙が頬を伝っていた。
「シズカ? 大丈夫?」
ハルナさんの声が聞こえる。
でも、私の口からは何もでなかった。
そして目の前のかりやひだあきが私の傍までやってきて、私の顎を片手で軽く持ち上げた。
「え?」
かりやひであきは私の頬に唇を寄せて私の涙に触れた。柔らかい唇の感触が伝わり、私の脳内に一筋の電撃が走る。
そして暫くの沈黙。
私の涙の量は増え、目前の人間の名前を呟いていた。
「秀明……」