第百四話 電雷丸、一の太刀(三)
「桃、鬼って嫌いだから。筋肉質なのは好みなんだけど……」
黒鬼の爪での切り裂きを寸前の所でかわして、そのまま一歩踏み込んで黒鬼の懐まで潜り込
む。
そして一気に下段に構えた銃剣、電雷丸を左斜め上方まで薙いだ。
次の瞬間、黒鬼の体は胸部辺りで真っ二つになって私の任務はお終い……かと思った。
黒鬼は私の一閃を身を捩りながら避けて、後方に跳び退いていた。
「すっごーい。ちょっと油断したかな……」
黒鬼は、今度は警戒するように腰を屈め私の様子を窺っていた。
その距離わずか十メートル弱。
黒鬼の思考を検証すると、私が一歩踏み出さない限り攻撃はしてこないらしい。でも、鬼語ってわかりづらいな……。
でもそっちがその気なら、
「蛍光爆雷」
私は黒鬼に向かって右手を伸ばし、中指と親指を合わせて音を鳴らした。
パチンと乾いた音が鳴った。
すると黒鬼の両耳の横で空気が眩しく弾けた。
その刹那、黒鬼は力なく大地に片膝をついて瞳孔を開き困惑した様子を浮かべていた。
「人間でも動物でもね、三半規管っていうのが働いてるの。バランス感覚を担う所だね。それを損傷させると生物は平衡感覚を失うんだ。でも鼓膜も壊れた黒鬼君には聞こえないっか」
私はゆっくりと黒鬼に近付いていった。聴覚、平衡感覚をなくしても視覚と嗅覚で私が近付いてくるのを認識している黒鬼は私の進行を拒もうと腕を振り上げてくるが私はことごとく払い除けた。
「桃にあなたの血を見さして。そして魅して」
電雷丸を高く掲げて黒鬼の頭部に振り下ろした。
「電雷丸、一の太刀」
聞くに不可解な音が感触となって私の掌を通して伝わってきた。
黒鬼はその時もう事切れていたけど私は黒鬼の体を切り刻んでいった。
心臓に刀身を捻りこませ、肉を削り、骨を砕き、内臓を掻き混ぜ、血を滴らせ、刀身を濡らし、私の顔は狂喜に満ちていた。
血、人の血、他人の血、生き物の血。赤い血、紅い血、黒い血、暗い血、昏い血、なんでもいい―――。
私の心は体は血で染まって、血によって潤されていく。
歓喜。そんな言葉しか思い浮かばない。
でも、それよりまずは目の前の血肉。
五分後、私が縦横無尽に切り刻んでいた黒鬼は既に肉塊と化していた。
ぶちまけられた内臓、広がる血、散乱した骨が微かな破片となって残っていた。
「あー、楽しかった。ふぅ、まあまあかな。やっぱ、一番うれしくなるのは人なんだけど、仕方ないかな……」
私は名残惜しそうにさっきまで黒鬼と呼ばれていた残骸に目を向け、脱いで置いておいたジャージを拾って、来た道を戻った。
電雷丸を電子分解さして二つのエレキガンに戻してホルスターに納めた。
帰りの山道を歩いていると最初に見かけた若い警官に会った。
「き、君、大丈夫だったのか?」
「はい。無事処理しておきましたから。あとよろしくお願いしまーす」
「あ、ああ。お、お疲れ様でした……」
「ばいばーい」
私は軽く手を振って、別れを告げてアパートへの帰路についた。
周囲の人は私の方をじろじろと見ながら、でもなにも追及せずに通り過ぎていった。
きっとスーツに付いた返り血が目立つんだろうな。
そんなことを考えていたらアパートに辿り着いた。
さっさと部屋に戻り、スーツの血を洗い流して、シャワーを浴びた。
シャワーから降り注ぐお湯を全身に浴び、浴槽に落ちたお湯が湯気になって浴室を淡い白で染めていく。
後ろに結い上げた髪を解いて、首を二、三回振って髪全体をシャワーのお湯で濡らした。
「ふぅ、疲れた……。明日はやすもっかなー」
だるい声でそんなことを言いながら私はボディソープやシャンプーを巧みに使って全身を洗い流した。
シャワーの栓を止めて、体を拭いて下着やパジャマを着ながら目の前に湯気で曇った鏡をぼんやりと見た。
「これが、今の桃か……」
ぽつりとそんな声が零れた。
なにをやってももやもや感が残って晴れない心。
まるで今の鏡に映る私のように。
鮮明でもなく、一つ一つの色がぼんやり交じり合って余計に私の姿を、心境を雲隠れさしている。
これは虚無なのかな。それとも空虚?
やっぱり私はまだ過去の私となんら変わりはないのかな……?
考えるのはよそう。流騎はああ言ってくれたんだから……。
私は浴室から出て、ソファベッドに座り込んだ。
二階にあるアパートの部屋からは私が帰るときに歩いた大通りが見える。
深夜十二時。まだ活動を止めない街は夜だけでしか見られない美しさと恐ろしさを輝かせている。
明日はなにしよっかな―――?
そんなことを考えているうちに私の意識は途切れて、眠りについた。
桃編終了ー。
中々、感情/思考が読み取れる子を書くってのは難しいです……。
次回からは最初のオリジナルについてです。歴史観がとってもあやふやです……す、すみません(。_。;)