第九十九話 刈谷の過去(二)
あの夏、俺の親父は一橋財閥との協同経営を展開することに同意した。
そしてその会議の時に連れられてきた俺は、一橋財閥の一人娘の由梨と出会うことになった。
俺達は子供だったからだろう。最初は恥ずかしがっていたが、すぐさま溶け込み、会議室で鬼ごっこをして両方の親に叱られたことを覚えてる。
その後も俺達二人はよく遊ぶことになった。
後から聞いたことだが将来的に俺と由梨は結婚し、両会社を経営するということが決まっていたみたいだ。いわゆる許婚みたいなもんだな。
それでまだ小学二年生、まだ二人とも8歳の頃、由梨はよくこのビルで寝泊りし俺たちは楽しく毎日を過ごしていた。
由梨の父親は海外出資が多い為、よく海外に行く為由梨はちょくちょく俺のビルに泊まっていた。
そして夏休みに入ると由梨は休み中俺のビルで過ごす事になり、俺達二人は一緒に夏休みの宿題をしたり、遊んだりしていた。
その頃、俺に由梨以外に友達と呼べる子供はいなかった。
俺が刈谷コーポレーションの跡取りということもあり俺に近寄る子供たちは俺なんかよりも俺の会社の恩恵に預かろうとする下種ばかりであった。それが幼稚園時代から続けば嫌でも他人嫌悪症にもなるってもんだ。
でも、由梨は違った。多分俺と同じ境遇にいたからかもしれない。
俺がその時無二の親友と呼ぶとしたら、それは由梨しかいなかった。
事件が起きたのはその夏休みが終盤に入りかかった頃。
俺と由梨は夏休みの宿題の一つである生き物観察をするため野呂山まで来ていた。俺達二人の傍には護衛用の屈強なボディガードが就いていたがまだ子供だった俺達はその二人の目を盗んで山の奥のほうへと逃げた。
「あはは、やったね秀くん」
「うん、やっぱ由梨ちゃんはすごいよ」
あの時は由梨の方が俺より活発で頭のよかったことを覚えてる。
俺達二人はそのままどんどんと奥のほうへと進んだ。それというのも、蝶や蝉を追いかけているうちにそうなったからだ。
暫くして、森がだんだんと暗くなってきた時、
「ねぇ、秀くん。もう帰ろっ、段々暗くなってきたし……」
「う、うん、そうだね。由梨ちゃん、僕の手につかまっててね」
「うん」
俺は由梨の手を固く握って、恐怖と焦燥の所為で汗ばんだ手を拭きもせずに、来た道を帰ろうと二人で振り返った。だが森の中に道などはなく、四方八方深深しい木々に囲まれていた。
「ど、どうしよう……」
由梨が半分泣きじゃくりかけているのを見た俺は、
「大丈夫だよ由梨ちゃん。僕がついてるから泣かないで」
「う、うんっ」
今思えばめちゃくちゃ痒いことを言っていたかもしれないが、幼かったことを考慮すればそういった言葉しか思い浮かばなかったのかもしれない。
俺は由梨を先導しながら下山を試みたが、益々緑は深くなっていった。唯一の助けはまだ昼時だったので太陽の光が足元を充分に照らしてくれていたぐらいのことだ。
そうして一時間ほど歩いて、
「秀くん、由梨、疲れたよ……」
「ぼ、僕も……。ど、どうしよう……」
俺の一言で二人ともが急に心細くなって目尻に涙を浮かばせていた気がする。
だが由梨が突然、
「あっ、見て、秀くん。あんな所に小屋があるよっ!」
俺は由梨の指さす方角を見ると、そこには見た目は朽ちかけてはいるが窓の中を見ると綺麗に整頓されている小屋が見えた。
中には複数の大人の姿がいるのも窓の奥に見て取れた。
「ほんとだ、大人もいる。早くいこっ、由梨ちゃんっ!」
「うんっ!」
俺は由梨の手をいっそう強く固く握り締めながら、一種の期待感を胸に小屋まで走った。
その距離が僅か二十メートルといったところで、いきなり小屋が炎上した。
「「えっ!?」」
俺と由梨は足を止め、燃え行く小屋を離れてみていた。小屋の中からは黒いスーツを着た何人もの男が身を焼きながら絶叫を上げ、走り回り、倒れていった。
そしてただ呆然と立ち尽くす俺達目掛けて手を伸ばそうとする大人もいたがその前に力尽き、燃えた服にまとられながら倒れた。
「ひ、秀くん、こ、怖いよ……」
由梨が恐怖の所為で泣き始め俺に縋っていた。俺も逃げ出したくなる衝動を抑えきれずその場から逃げ出そうしたが足が竦み、動けなかった。
そんな魑魅魍魎を眺めていたら、一人の橙色の髪をした少女が小屋の中から出てきた。その少女は苦しそうに頭を抱えながら走り去った。その少女が走ると周りの木々が急に燃え始めた。
「あ、待ってっ……!」
俺はそう叫んだがその少女は一目散に走って逃げていった。
次話で第百話になるんですよね……w ちょっと感慨深かったりします。