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モブは死んでもモブだったから、

作者: 柊/アズマ

なろうさん初投稿。

ゲーム酷似異世界。異世界トリップ。転生。ごった煮。良ければご覧ください。


 佐藤太郎は平凡な男子高校生だった。彼女いない歴=年齢であり、彼の心の中には二次元しか存在しないようなちょっぴり内気で、分厚い眼鏡と長い前髪で顔がよく見えない「あいつキモい」とか囁かれているような、極めて平凡な日常を送るどこにでもいる平凡な男子高校生だった。

 そんな平凡な日常が崩されたのは、平凡な毎日を繰り返していた平凡な放課後の、ある特殊な出来事が原因だった。


『勇者召喚』

 それは魔の物に犯された世界を救済してもらうべく、異世界から勇者なる若者を呼び出す儀式である。その者たちは畏敬の存在であると共に、偉大なる神の力を宿されたとされる神力を扱う羨望の対象でもあるという。とある世界の救世主にして、最後の砦だった。


 とある世界の者たちは決断した。どうにもならない現実に直面し、どうにもこうにも自分たちの力で抗う術が無くなってしまったと諦めた。万策尽きるとはまさにこの事である。諦めついでに眉唾物の勇者召喚に(つい)には手を出すことと相成ったのであった。

 まさか本当に成功するとは思っていなかったとある世界の者たちは、単純に歓喜した。そして―――――


 呼ばれた者は三人の若者、と眼鏡。いや、眼鏡を掛けた毛の化け物。否、眼鏡を掛けた髪の毛が伸び放題の顔の一切も見えない一人の男――平凡代表佐藤太郎である。


 とある世界の者たちは歓喜して、そして戦慄した。――まさか、魔の者も一緒に呼び出してしまったのかと。その顔を恐怖に歪め慄いたのだ。

 そう思えるほど勇者と言う言葉には不釣り合いの眼鏡であった。彼は巻き込まれただけなのだ。一組の美男美女とそのカップルの彼女の友達の美少女。その美少女と偶然幼馴染だった眼鏡――佐藤太郎は、たまたま学校の帰りに校門の前に居た幼馴染の女とすれ違っただけだった。だけだったのだが、そこで終わらないのが佐藤太郎クオリティである。勇者召喚により呼び出されたカップルと偶然居合わせただけの、所謂巻き込まれ召喚をしてしまったのだ。

 そんなことを知らないとある世界の者たちは、理不尽に佐藤太郎に憤慨し無言の満場一致でその存在を無いものとした。


 佐藤太郎には実は大変重要な役目が合ったのだが、この時知る者は唯の一人もいなかったのである。




「勇者様。どうか我らの世界をお救い下さい」

「は?勇者って何。厨二的な何かか?てか、お前ら何?」

「勇者って。RPGってやつ?」

「ここはどこなんですか?」

「…………」


 勇者召喚という名の誘拐をされた(仮)勇者一行と眼鏡は、テンプレ的な白い外套(ローブ)を纏ったとある世界の者たちにぐるりと囲まれていた。足元には光が収まりかけている幾何学模様を描く魔方陣らしき物があり、その周りにいた幾人もの白外套(ローブ)たちが跪き若者たちに懇願しているのだった。現状を理解していない各々の高校生――(仮)勇者一行と眼鏡はそれぞれ別々の返答をした。


 カップルの男女は『勇者』という言葉に反応して世界の者たちに問いかけた。現状を把握しようとしているというよりは、何言ってんのお前、と言わんばかりに白い外套ローブの者たちに冷たい眼差しを向けた。

 佐藤太郎の幼馴染である美少女は一番冷静に現状把握をしようとしていた。自らに何が起こったのか、ここはどこなのか、表情が強張っていることからも一番現実的であった。

 佐藤太郎は無言で周りを見渡していた。幼馴染と同じく現状把握に尽力しようとしている、のかと思えば、

 ――ま、まさかの異世界トリップ!?


 興奮して言葉も出ないだけだった。



「んで、その勇者ってなんなん?」


 こうべを垂れる白外套ローブの者たちに気をよくした男は偉そうに問いかけた。ここはどこなのか、元の場所に帰れるのか、どうしてここにいるのか、とさまざまな疑問があったはずだったのだが男の頭には欠片も過る様子は見受けられない。


「我々の世界を救済するべく召喚される英雄・・でございます」

「ふぅん」

「ここはどこなんですか?」


 慇懃な態度で返答した白外套ローブの者は頭を垂れたまま懇願するようにさらに頭を下げた。それに気のない返事をしたのはカップルの女だ。聞いているのか聞いていないのか、どうでも良さげに男に腕を絡めた。しかし、佐藤太郎の幼馴染の女の子は再び問いかけた。先程は得られなかった返答を得るために。


「ここはショーレ王国王都コウコでございます」

「ショーレ王国……?」

「はい。あなたたちから見ると異世界になります」

「え……」

「はぁ!?何言ってんの!?」

「どうゆうことだよ!」

「異世界……」

 ――やっぱり異世界なんだ!キタァァアアアアアア!


 『異世界』という未知なる言葉に絶句したのは幼馴染の女の子。カップルは事の重大さに漸く気付き憤怒の表情で白外套ローブに詰め寄った。佐藤太郎は異世界に一人興奮している。眼鏡と前髪に隠されたその下で。


「なにとぞ、なにとぞ我らをお助け下さい。勇者様」


 床に頭を擦り付けた姿勢で懇願してくる白外套ローブ達にはっきり言ってドン引きしている若者たちは口の端をひきつらせながら言葉を失った。漸く話をする体制になったようだ。今の現状や勇者とは何か、など詳しい説明を聞くこととなったのだった。


 始めにはっきりきっぱりと告げられたのは、元の場所、つまり地球に帰る術はない、ということだった。

 勿論それに黙ってはいられなかったのは、カップルの二人だ。先程同様白外套(ローブ)に詰め寄り、胸ぐらを掴み腕を振り上げた時、


「ちょっと待ってください。まずは詳しい話を聞いてみませんか?怒っていても現状が変わることはないと思います」


 漸く興奮状態が治まったのか、佐藤太郎が言葉を発した。


「はぁ?偉そうになんだよ。つーか、てめぇ誰だよ」

「佐藤太郎と申します」

「太郎だか、二郎だかしらねぇが黙ってろよ!キモオタが!」

「金本くん落ち着いて。とりあえず話だけでも聞いてみようよ。実夜もそれでいいでしょ?」

「花梨……」


 冷静に対処しようとした佐藤太郎が気に入らなかった男――金本雄一は怒りの矛先を佐藤太郎に変えようとした。が、幼馴染みの女の子――花梨に止められて一時的に感情を抑えたようだった。


「一先ずはお部屋をご用意致します。暫しご休息をお取り次第、話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「ふん。わかったよ」

「はい。それでいいです」

「では、此方へ」


 佐藤太郎に助け船を出されたのにも関わらず、白外套(ローブ)たちは佐藤太郎に一瞥もくれなかった。存在を無いものとしたことに揺らぎはなかったようだ。部屋は一応用意されたが。



「りぃちゃん。ありがとう」


 部屋までの道程を歩く(仮)勇者一行、最後尾を歩く佐藤太郎は誰にも聞こえないほどの静音で呟くのだった。




 勇者とは異世界から召喚された若者のことだ。

 しかし、ただの召喚された者ではない。神から授けられた『神力』と呼ばれる魔法に酷似した力を使えることが条件だという。


 行きなり異世界に拉致されてから一晩が過ぎた。もう地球に帰ることが出来ないというのはどうやら嘘ではないらしく他に説明のしようがないと言われてしまった。

 ならば、と一度そのことは置いておき勇者とは何ぞや、との問い掛けに対して得た返答がそれだった。


「神力?どうやって使うんだ?」

「魔法と同じです。イメージすればいいのです。頭の中に浮かんだ武器――神器を手に出すとご想像してみて下さい」

「じんぎだぁ?」


 そもそも魔法なんぞない世界から来ているのだ。そんな簡単に言ってくれる白外套(ローブ)たちに胡乱気な顔をした男――雄一だったのだが、試しに、とばかりに思い浮かべてみるとイメージしたというよりは頭の中に靄がかったような残像が勝手に流れ込んでくる。それが消える前に、と意識しながら右手に出すイメージをしてみるとその手には―――――


 一振りの諸刃の剣。

 儀礼用ともとれそうな程の豪奢な飾りが付いた煌びやかな両手剣がそこには存在していた。


「おおお!流石勇者様です。一発で成功させるとは!」


 大仰に驚いて見せたのは白外套ローブたちだ。本気で嬉しそうではあるが、いささか驚き方が嘘くさかった。


「あ、あたしもなんか出てきた!」

「これは……?」


 同じように頭の中に流れ込んでくるイメージを意識した女性陣は手の中のものを見ていた。

 雄一の彼女である実夜の手には一本の杖。親指程の太さのそれは然程長くはないが、持ち手に何かの宝石が埋め込まれた見るからに価値が有りそうな杖だった。

 佐藤太郎の幼馴染みである花梨の手の中に合ったのは、手首がすっぽりと隠れてしまいそうなほどの太さのブレスレットだった。大小様々な石が嵌め込まれたそれは、豪華でいて細やかな意匠が凝らされた逸品だ。


「皆様素晴らしいですね。流石神が選ばれただけのことはありますね。魔法もイメージがとても大事なのですが、一発で成功させる者など聞いたことがございません!」


 随分と大袈裟な、と思うものの誉められて悪い気はしない。そもそもイメージをしたわけでなく、脳内に勝手に流れてきた物を意識しただけなのだ。何となく気まずい女性陣は素直にお礼を言うに留めて置いた。その時、


――ピコン!


 余りに場に削ぐわぬ気の抜けた、(いや)、間の抜けた音が鳴り響く。


――ピコン!ポスッ!


 空気の抜ける音もオマケに付いた間抜けな音がもう一度鳴り響いた。音の原因を探るべく視線をさ迷わせるその場の面々は、ある一ヶ所に目を止めた。

 黄色い取っ手に赤い頭部のそれは、鈍器と呼ぶにも明らかに憚られる殺傷能力皆無な―――――




 『ピコハン』が佐藤太郎の右手には握られていた。


――ピコポスッ!


 何の変鉄も無い、それこそ飾りの一切もない本物(・・)のピコピコハンマーは軽い、何処までも軽そうな音を辺りに響き渡らせた。

 確認をしているのか、はたまた落ち込んでいるのかしゃがみこんだ佐藤太郎は、床の上にピコハンを叩きつけていた。


――ピコン!……プスッ


 目を見開きある意味一番の驚愕を表した白外套(ローブ)たちは、佐藤太郎からそっと視線を外し当初の予定通りその存在を無いものとした。


「ぎゃははははは。なにそれ、なにそれ。ピコハン?ピコハンなの?二郎はそれで戦うの?ねぇ、そうなの?」


 腹を抱えて笑い転げたのは雄一だった。


「佐藤太郎です」


――ピコン!


 冷静に返答した佐藤太郎は、眼鏡と前髪に隠されているためその表情は窺えない。未だ床にピコハンを叩きつけている。


「タロちゃ、」

「さぁ、勇者様方話を続けましょう」


 佐藤太郎に話しかけようとした花梨だったのだが、白外套(ローブ)に遮られそれは叶わなかった。


 それから、神力というものを学ぶべくイメージトレーニング、神器を出しての戦闘訓練、模擬戦を行っていく。地球にいた頃よりも身体が軽く感じられ神力という未知の力が思いの外楽しく学ぶことができた。帰ることが出来ない、という事実を忘れるかのようにのめり込んでいったのだ。




 勇者一行が召喚されて既に一ヶ月ほども経っていた。




 世界の救済を求める者たちが弱者であると判断した雄一は、思いっきり我が儘放題贅沢三昧を命じるようになった。世界救済を盾に厚待遇を融通させたのである。勿論眼鏡を抜いて。

 自分達の生活の保証をさせるのは間違ってはいなかったが、いささかやり過ぎ感は否めない。


「佐藤二郎だっけ?お前オマケなんだから、生かしてもらえるだけありがたいと思えよ」

「雄一くんそれは酷くない?きゃはは」


 改めて勇者となった雄一は佐藤太郎に向かってそう吐き捨てた。それもこの世界の者たちの反応も手伝ってのことと言えよう。この一月ほど、相変わらずのピコハンしか発現できない佐藤太郎は肩身の狭い思いをしながら虐げられ続けていたのだ。雄一はそんなこの世界の者の態度に乗っかっていただけだ。

 勿論、幼馴染みの花梨は止めた。止めたのだが、佐藤太郎がその待遇に否やを唱えなかったため、その扱いを止めることが出来なかったのである。


 佐藤太郎が何を考えていたかというと―――――


 ――ピコハンから魔法を出せたりしないだろうか?スーパーピコハン!とか……


 厨二脳全開であった。



 勇者が授かった神の力――神力はこの世界で一般的に使われている魔法とは異なり、神の力を借りて莫大な恩恵を受けると言われている。勇者のみに使える神器という武器を持ち、魔王をも屠る力を得る。

 ――魔法万歳!このピコハンには絶対に秘められた力が!


 興奮状態の佐藤太郎は、要するにとある世界の者たちの話も、雄一の言葉も聞いていなかったのである。酷い扱いをされる佐藤太郎は、多少の自業自得とも言えた。


 ある程度の説明を受け神器の顕現を成功させた勇者一行は、今度は使用するための練習を開始したのだが、流石神に選ばれし者と称賛を受けるほどその扱いは旨かった。


 魔法とは、この世界に満ちている地球にはない物質――魔力を身体の内に取り込みイメージをすることでそれを具現化したものだ。では、神力と魔法の違いとはなにか。魔法を具現化するために使うのが魔力なら、神力は文字通り神の力を一時的に借りて神器と言われる武器を作り出す。

 しかし、と佐藤太郎は考察した。


 魔法は魔力を使い、ある程度自由に具現化出来るのに対し、神力は神器を作り出すことしか出来ないのか、と。確かに武器としては強い。この世界の最強とされる王国騎士団とも互角以上に戦うことが出来、訓練していくにつれそれはもう追い越したといってもいい。戦いなどとは無縁に生きてきた唯の高校生が、だ。それは確実に神器のお陰であり、正しく神の力の恩恵を受けているに相違なかったのだ。勿論、佐藤太郎が戦闘訓練にさえ参加させて貰えないのは言わずもがな。

 しかし、と再び佐藤太郎は思う。

 本当にこれだけなのかと。


 そこで佐藤太郎は妄想(イメージ)してみた。魔法でも大事とされているイメージ力。佐藤太郎は得意だった。地球にいるときから、妄想(イメージ)力は鍛えに鍛えている。厨二病万歳。


 神力を使い脳内に流れ込むイメージを意識して顕現させるのに加え、さらに妄想(イメージ)した。ここまで来るのに実に一ヶ月かかってしまった。と言うのも、神器のイメージは固定化されているのかそのイメージを壊さないように重ねて妄想(イメージ)するのが難しいのだ。全く別物を妄想(イメージ)すると脳内に流れ込む神力の流れが霧散し、発動自体しない。佐藤太郎の神器(・・)は紛れもない『ピコハン』だということらしい。

 だから、ピコハンを媒体にプラスαで妄想(イメージ)してみたのだ。


 その日は神器の訓練と称し騎士団連中と魔物狩りに来ていた。訓練に加われない佐藤太郎は、しかし個人行動を避けさせるためか共に外に出ていた。始めての生き物に対しての戦闘だ。否が応にも緊張感は高まっていく。そんな時だった。神器を構えいつ戦闘になっても大丈夫なように体制を整えていたとき、勇者一行の背後からのそりと巨躯が忍び寄ってきた。


 大食豚(オーク)と呼ばれる豚の顔をした化け物は、その体格通りの膂力に任せて剛腕を振るってきたのだ。


「危ない!」


 誰が叫んだのだろうか。勇者一行に加え騎士団員も数名同行していたのだが、騎士相手にその自慢の神器を振るっていた勇者一行――特に雄一は自分の力を慢心していたため近くには仲間の勇者一行しか居なかった。

――ドゴォォォォオオオ!


 凄まじい轟音が辺りに響き渡る。

 どうにか一撃は回避した勇者一行だったのだが、戦闘に慣れていない若者たちは回避後の多分な隙に付き入れられることとなった。体制を崩した雄一はぺたりと地面に尻をついてしまったのである。


「勇者様!」


 一人の騎士団員が叫びながら走ってくるのが見えたが、それよりも大食豚(オーク)の剛腕が迫るのが速かった。


「ひっ、」


 雄一の口から情けない悲鳴が漏れた。その時、

――ピコッ!……プスッ


 この一ヶ月幾度となく聞いた間の抜けた音が聞こえた。


 次に雄一が目にしたのは、目の前に迫っていたはずの大食豚(オーク)の剛腕が千切れてぶっ飛んでいくところだった。

 目の前に影を作っていた巨体が倒れるのと同時に、雄一の視界に入ったのは光の粒子となって消えるピコハンの残像と、口角を月の形に吊り上げた佐藤太郎の不気味な笑顔だった。



 佐藤太郎は目を見開き驚愕を顔一杯で表現した。苦しくも眼鏡と長い前髪に隠されたそんな心情が周りに伝わることはなかったのだが。

 じわじわと喜びの感情が涌き出てくる。

 ――やった!成功だ!


 表情の一切も見えない顔の、唯一隠されずに晒けだされている口角だけが上がっている佐藤太郎は、不気味の一言に尽きる。


 端的に言えば、佐藤太郎は神器の強化に成功したのであった。

 先に考察した通り自分の神器を媒体とした場合神力を神器以外に使うことが出来ることを証明した。佐藤太郎は己の神器――ピコハンに風の属性を付与(イメージ)して大食豚(オーク)に向かって飛ばしたのだ。ピコハンが大食豚(オーク)に当たった時は変わらずの間抜けな軽い音が響いたのだが、ピコハンを包み込む風属性の魔法は腕に当たった瞬間その猛威を振るった。暴風かくやという勢いで回転し、大食豚(オーク)の腕を引きちぎったのだ。見えたのはそこまでだろう。しかし、その暴風はそれに止まらず大食豚(オーク)の周囲を一時的に無酸素状態にしたのだ。魔物と言えど酸素が必要な生き物に変わりはなく、酸欠で失神してその巨躯を地面に倒したということなのである。


 これに驚いたのは勿論本人ばかりではない。騎士団員たちも他の勇者一行も、まわりの誰もが驚愕した。『ピコハン』という殺傷能力皆無な武器で魔物を倒したからだけではない。神器に魔法(・・)を付与させたからだ。世界の者たちは文献でしか神力の存在を知らなかったが、そんな使い方など聞いたことがなかったのだ。

 戻ってから事の顛末を報告したのだが話を信じられない白外套(ローブ)たちに、佐藤太郎は自分が行ったことを一から説明したのだった。



 神力は始め神器と呼ばれる念じるだけで呼びさせる最強の武器の事だと思われていた。そんな固定観念に捕らわれたのは仕方のない事だった。今この世界に生きる者の誰も神力を見たことがなく、遥か昔に召喚されたらしい勇者の文献のみが頼りだった。その何れにも神器を扱う術しか書かれてはいなかった。

 はっきり言えば神力と神器は同意義ではない。神器は勿論神力の一部ではあるものの、本当に一部の力だったのだ。そこから如何にして神力を使うかは、魔法と同様妄想(イメージ)が大事なのだ。


 勇者一行にわかりやすく説明するため車のようだと例えた。

 車を動かすことが神力を使うことと同じとするならば、神器を顕現するのはオートマチック、神器を強化することをマニュアルとした。結果的にどちらも神力を使うことに代わりはないが、その操作方法が異なってくるのだ。

 初期神器を扱うことはブレーキとアクセルを踏むだけで、言うなればその操作方法を知っているのなら誰にでも出来る――神力を持っているという最低条件はあるが――所謂チュートリアル的なものなのだ。それではマニュアル的操作方法はというと。

 マニュアルの操作はアクセルを踏むだけでは車を動かすことが出来ない。クラッチと呼ぶもう一つのペダルを同時に踏まなければならないのだ。また、ギアの入れ換えも必要である。神力で言えば並列想像化、とでも言うべきか。同時にイメージするのが難しいのである。


 神力も魔法と同じでイメージ力が大事である。オートマチック的な扱いの初期神器であっても、そのイメージ力が強ければ強いほど具現化に反映される。この一ヶ月で初期神器の綿密なイメージは勇者一行が一番力をいれ、また一番苦労したことだった。

 イメージというのは目の前にあるわけではないので、殊の外難しかったりする。それが並列想像化――要するに二つも三つも同時に想像し具現化するのだ。簡単なわけがない。

 同じ剣を召喚したとして大雑把に想像した長剣と、剣の刃の長さ太さ固さ鍔の形や装飾品の有無等を細部に渡って想像した長剣を比べたときにどちらが良いか然もありなん。


 また、マニュアル操作の二速発進よろしく、召喚の素早さを上げたりも出来覚えてしまえばどちらが使い勝手がいいかは言わなくても察するに余りある。しかし、これを使えたのは佐藤太郎唯一人だったのだ。



 それが面白くは無い者がいた。勇者――雄一である。


 他の面々も佐藤太郎の――不本意ながら――指導のもと神力の本当(・・)の力を引き出すべく尽力したのだが、矢張初期神器しか扱うことが出来なかった。元々の妄想(イメージ)力の結果なのか、既に固定観念が植え付けられた結果なのかはわからなかったが、どうにも扱うことが出来ないのだ。勇者――雄一はそれを「お前の説明の仕方が悪い」と言ってきたが他にどう例えたらいいものか佐藤太郎にもわからなかったのだから、もはや仕方ないという他ない。この世界の者たちもそれで佐藤太郎の見方が変わったものだから、さらに雄一は面白くなかったのだろう。我が儘は一層酷くなるばかりであった。

 しかし、勇者の力は初期神器しか使えなくとも甚大であった。それだけでも魔王を討つに足ると世界の者たちは考察し、雄一の機嫌を損なうのは益にはならないと判断された。要するに媚を売ったのである。雄一の高慢さはさらに助長された。白外套(ローブ)たちに持ち上げられる日々を送り、神の力を手にした勇者一行――特に雄一はあの日大食豚(オーク)に怯えていたのが嘘のように魔物を屠っていった。


 初期神器とはいえ神の力は偉大だ。

 あの日(オーク)以来誰にも負けなかった。魔物を殺しても何も思わなくなった。時には世界の者(人間)を殺そうとした事件もあった。心が麻痺していたのだろう。肯定だけされ続ければ自ずとそんな人間が出来上がる。更に我が儘を助長し傲慢さに拍車をかけた勇者たちは世界を救うどころではない、とそんな時だった。


 事件が起きたのだ。



 その日は増えすぎた魔物退治の依頼を受けていた。この世界では『冒険者』と呼ばれる主に魔物殺しを生業にしている者たちがいる。勇者たちは本来国に仕え魔の物を統べる『魔王』を倒すべく討伐隊を組むはずだった。しかし、己の力を過信した勇者たち――雄一は「冒険者をやってみたい。それで実力が伴ったのなら魔王を倒してやってもいい」と上から目線甚だしい高慢な態度と一言で勝手に冒険者になってしまったのだ。世界の者たちははじめ反対した。反対したのだが、勇者を止める者がいなかったのと最終的には魔王を倒してくれるのならば、とその我儘を許してしまった。我が儘を許し続けた結果、この世界の者の言うことを聞くわけがなかったのである。ある意味自業自得の結果だった。



 はっきり言おう。神力頼みだった異世界の勇者たちは己の力を過信していた。魔王をも屠る力を持ち、戦闘になればどの魔物にも負けるとは思っていなかった。心が麻痺していた。現実・・だと受け入れることが出来なくなったのはいつの頃だったか。はたまた、本当に現実ではないのではないか、という想いが強くなっていった。弱い心を守るためか、それともあまりにも『ゲーム世界』に酷似していたからか。


 ステータスがあるわけではない。レベルが視認できるわけではない。だが、魔法が合った。神力と言う神の力があった。元々自分たちがいた地球という世界では考えられない程の身体能力を手にしていた。自分は強かった。魔物は弱かった。人だろうが、魔物だろうがNPC(作りもの)だと感じてしまった。生き物ということさえ忘れてしまっていたのだ。あまつ、死んでも生き返られるのではないか。


 そんな考えが勇者たちの頭にはいつの間にか浸透していた。だから、起こるべくして起こった。寧ろ、この異世界に突然飛ばされて、我儘放題、贅沢三昧生活を一年も送っていてよくも同じ事が起きなかったものだ。


 佐藤太郎がそんな感想を持ったのは目の前、既に回避できる距離ではないほどの場所に、鋭利な鉤爪が迫ってからだった。

 意識が黒に染まる間際佐藤太郎は重要且、もはやどうでもいいことを思い出してしまった。




 オタクである佐藤太郎も思い出すには相当な労力を使うくらいにはマイナーなゲームが合った。生憎と名前は忘れてしまったが、生まれる前に発売されていたRPGで、親の影響で子供の頃プレイしたことがあるゲームだった。勿論インターネットを繋いでいるでもなく、グラフィックや静止画スチルなどが挟まれることも無い、本当にレトロなゲームだったため思い出すのに時間を有したのだ。



 魔の物が溢れかえる世界にあるショーレ王国は危機に瀕していた。『魔王』が誕生してしまったのだ。魔の物を抑えるだけでいっぱいだった世界の者は勇者召喚を決意する。

 異世界より呼び出されたのは神の力を宿した若者たちであった。しかし、突然呼び出された若者たちはいきなりの事に現実を受け入れることが出来なかった。そんな時ある事件が起きたのだ。仲間の一人・・・・・が魔の物に殺されてしまったのである。仲間の死により漸く現実を受け入れ、仇を討つため世界を救うため魔王を倒す冒険がはじまる。



 そうそんな内容だった気がする、と半分も回らない頭で佐藤太郎は思考した。一年も暮らしていてここがゲームの世界だとは本気で思っているわけではない。しかし、そのゲームに極めて酷似している且つ、何もしなければストーリー通りに進んでいってしまう可能性を秘めた、フラグだらけの異世界だということは理解した。

 そんなフラグだらけのあらすじにさらっと死を告げられた佐藤太郎は、佐藤太郎であるが故の佐藤太郎足る死亡フラグをへし折ることに失敗したようだ。


 佐藤太郎は『仲間の一人』で片づけられた名も無い死にモブだったようである。


「タロちゃん!」



 そんな幼馴染の声を最後に、佐藤太郎の意識は遂に闇の中に沈み込んで行った。

 赤黒い三日月のように口角を吊り上げた雄一が視界の端に映った気がしたが、それが現実かは佐藤太郎には最早知る術はない。




 何かの夢を見ていた気がする。頭がぼぉっとしていて思考する事が酷く億劫に感じるのだ。頭の中に靄が掛かっているような感じがするのはなぜだろう。とりあえず、と言わんばかりに重い、あまりにも重く感じる瞼を開いた目の前に始めに飛び込んできたのは『漆黒』だった。


 どうやら身体が沈みこむほどのフカフカのベッドに寝かされているようだ。何をしていたのか、何が合ったのか思い出す事が出来ないが目の前の漆黒、いや漆黒の髪を持つ誰かが背を向けて立っている事は回らない頭ながら理解した。


「だ、れ?」

 ――あれ?


 自分の発している声に違和感を覚える。


「気が付いたかい」


 そう振り向いたのは顔の造詣が厭に整った壮年の男だった。

 既視感を感じる。見た事があるのだこの黒髪の男を。誰だったのかは思い出せない。いや違うこの男は―――――


「どこも痛いところはないかい?」


 そうだ。思い出した。

 自分は魔物に襲われていたところをこの黒髪の男に助けられたのだ。


「だいじょうぶ、です」


 だが、この自分の声に未だ感じる違和感があるのはなぜなのだろう。起き上がることも出来ないほどだるく重い身体を沈みこんだ弾力に邪魔をされながら、どうにか横向きになる。


「そうかい。じゃあ僕はお父さんに挨拶して帰るね」


 どうにかこうにかベッドの上で身体の向きをかえて黒髪の男に対峙したのだが、そんな努力を気付く事も無く極めて表情を崩す事のない柔和な笑顔で男は部屋を出て行った。笑顔とは対極に位置する仄暗い感情の色を孕んだ髪の毛と同じ漆黒のひとみはもう此方を見ることはなかった。



 さて、少し考えをまとめようか。何に違和感を持って、自分の何が不思議なのだろうか、と。未だ靄のかかる頭でもって思考した。漆黒の男のことは頭の隅に置いておくことにした。


 それはすぐに判明する。


「――――っ!」


 ずっと横向きになっているのも辛いものがあり、怠重い身体の向きを変え今度は大の字になってふぅと大きく息をは出しながらベッドに沈み込んだ。眼を閉じて腕を額に乗せた時酷い違和感を感じたのだ。勢いよく目を開けて額に乗せた腕を少し浮かせてそれ・・を見てみると―――――

 手が、小さいのだ。そう思ってからは早かった。



 昔プレイしたことのあるゲームに酷似した異世界に巻き込まれ――たことも今考えればストーリーに組み込まれていた――召喚され、勇者のために死んだことを思い出したのだ。今の手を見る限り自分は転生でもしたのだろうか。小さな手が今少年だということを示している。

 ――男、だよね?


 一抹の不安がよぎる。前世を思い出したからなのかはわからないが黒髪の男に助けられる以前の自分の記憶が酷く曖昧だ。心は完全に男なのだが、変声期を迎えていない今の自分の声では判別が出来ない。声の違和感の正体はこれだったようだ。後で確かめよう、と思い直す。今はそんなことに思考を割いている場合ではない。

 先程の黒髪の男。あれは召喚された勇者――雄一だ。あれからそれなりの時間が経っていると思われる。召喚された当時は高校生であり華の十代だったが、先程の男はどう見ても三十代後半程だった。元々整っていた王子然りとした煌びやかさがあったがそんな面影を残しつつ、大人の色気と包容力を加えたような精巧な顔つきの大人の男になっていた。いや違う。考えるべきはそこでもない。あの男のあの風貌。そこから導き出される選択肢の一つとして―――――


 名前も覚えていないあのゲームの、second物語の世界の可能性があるということだ。


 よくあるゲームの続編シリーズにして勇者の子供の話である。

 可能性は十分にあり得る。そこで話をよくよく思いだそうと記憶を巡らせた。



 20年前。魔王は倒された、はずだった。しかし、勇者の力が今一歩足りず封印するに留まっていたのだ。本来であれば封印は解かれることはなく平和な日々を送れるはずだったのだが、ある少女が封印を解いてしまう。世界は再び暗雲期に突入する。そこで立ち上がったのが伝説の勇者の息子であった。幼い頃友に命を救われたとき神に誓ったのだ。平和な世界にすると。仇を討つ・・・・と。だから、立ち上がった。そして、勇者の息子は魔王を倒すべく旅立っていく。



 そう、そんな物語だった気がする。そして、気にするべきはこの一点なのだ。second物語も勇者の周りに死にモブ(・・・・)が居るということだ。名前も出はしない、しかし前回同様勇者を鼓舞するためだけの死にモブが――――

 ――そこはかとない嫌な予感がする。


 『死亡フラグが経ちました』そんな天の声オラクルが聞こえたような気がした。



 ――いやいやいやいやいやいや。待て待て待て待て待て。結論を出すのはまだ早い。


 頭を振ってそんな嫌な予感しかしないフラグ構築中の頭の中身を無いものとする。元々怠重かった頭が貧血のようにクラクラするが気のせいだと思うことにする。そう、気のせいだ。気のせいなのだ。そう思うことしか今の自分には出来ない。今考えたことを全力で見ない振りをした。見ない振りをしたのだが―――――


 運命とは決まっているものなのだ。(いや)、これはもう宿命と言っても過言ではない。既に動き始めた歯車を止める術は、ない。



 死にモブ――(元)佐藤太郎が勇者の子供と出会うのは、それからすぐのことだった。


 ――モブは死んでも(死に)モブかよぉぉおおおおおお!!


 そんな声にならない叫びをあげるのも、すぐのこと。死にモブは死んでも死にモブだったから、逃れられないから泣けばいいとでも言うのだろうか。

 ――モブは死んでもモブだったから、もう一度死ねとでも言うのかよぉぉぉぉぉおおおおおおお!神様のバカやろぉぉおおおおお!


 異世界を渡るという不思議現象があるのなら神様もきっといるはず。そんな短絡的思考でいるのかどうかも怪しい神様に文句を言う(元)佐藤太郎だった。


 声に出せない慟哭に反応してか、握り締めた右掌の中に『ピコハン』が現れたことに、興奮状態の(元)佐藤太郎は気付くことはなかった。


 佐藤太郎(タマシイ)に刻まれた神力は消えることはない。その意味することとは―――――




 ちなみに性別はちゃんと男の子だった。


閲覧ありがとうございます。

言い訳という名の活動報告書きました。お暇でしたらそちらへ。

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