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3人の天才 タイムマシーンパラドックス

初めての投稿ですので、読みにくかったり、意味が分からなかったりしたら、ゴメンナサイ。

 使い古したキッチンテーブルの上には、電子部品やら配線の類が、所狭しと乱雑に散らばり積み重なっている。

もはや作業台としてしか機能していないそのテーブルは、作業している者のこれまでの格闘を物語るかのように傷付き薄ら汚れている。

テーブルに向かった椅子に前のめりに腰掛け、黙々とドライバーやらハンダごてやらを操っている男の名は大石和正、昨日の昼頃からほぼ24時間こうして椅子に座りカチャカチャと作業を続けている。

「こんなに時間が経ってら。」

大石がボツリと呟くと同時に、小屋の入口のドアが勢いよく開いた。



 午前11時を指す掛け時計を見上げ、ビデオカメラやそれを支える三脚やらをバッグに押し込む。

「約束は12時だったな、そろそろ出ないと間に合わないぞ。」

塚本政邦は心の中でそう思いながらも、仕事を満足とこなせたせいか、意外とノンビリとした動きでアパートを出る。

最近買ったばかりの、お気に入りのバイク「ニンジャ」にまたがり、おもむろにエンジンをかけブオンッと走り出した。徹夜明けの体にはバイクで駆け抜ける風とエンジン音が、やけに心地好かった。

途中コンビニに立ち寄り、砂糖をたっぷりと入れたコーヒーを買い、

「さて、そろそろ急がないとな。」

世紀の実験が行われる昼の一時を味わうかのようにコーヒーをゆっくりと飲み干し、大石の待つ作業小屋へと向かった。

道中、3台のツーリング中らしきバイク集団に出会った塚本は、その集団にスピードを合わせ並び、片手を上げ挨拶をした。その集団も同じく片手を上げ応じた。バイク乗りはこの慣習が好きだと言う者が多い。

ピッタリと横に並んだ塚本はある事を考えはじめた。

「バイクのスピードを時間の経過速度に置き換えてみる。オレと同じに時間が経過しているバイクは、横を見るとそこに存在する。」

すると、塚本はアクセルを少しだけ開けてみた。

「当然だが、オレのバイクは少しだけ前に出る。横にいたバイクはオレより時間の経過が遅くなったって事だ。今横を見てもさっきいたはずのバイクは存在しない。つまり、ほんの少しでも時間の経過速度が遅くなれば、それは元の時間枠に存在しないという事になる。やはり、時間の経過速度は絶対的なものなんだ!」

そんな、ややこしい事を考えると、ヘルメットの中で確信を得たようにニヤッと笑い、さらにバイクのスピードを上げ先を急いだ。



 入口のドアを勢いよく開けると、そこに映し出された光景は、1ヶ月前に見たそれと何も変わっていない。それに驚きながら思わず冗談まじりに叫んだ。

「大石!1ヶ月間ずっとやり続けてたのか!」

人並み外れた大声で喋るのが塚本の特徴だ。ビックリして顔を上げた大石は、塚本とは対照的にボソッと呟いた。

「おお、約束の時間通りに来たな。」

一旦、そんな大石に目を向けた塚本だが、作業の進み具合を確認する事もなく、テーブルを挟んだ大石の正面にビデオカメラをセットしはじめた。

大石が予定通りにそれを完成させる事を塚本はよく分かっている。実際、これまでに大石が作業を遅らせた事など一度もない。今さら作業を確認する必要などないのだ。

「出来たぞ、完成だ。」

大石はふうと息を吐き出し、天を仰いだ。

何度も繰り返されてきたこのやり取りがあったからこそお互い信頼しあっているのだろう。

「こっちもOKだ!」

塚本がビデオカメラのセットを終えた。椅子に座ったままの大石は手を下に降ろし、ボッーとビデオカメラを見つめていた。

それが作業完了の合図だった。



 2人が出会ったのは中学生の頃だ。

同じクラスになったわけでもなく、お互い部活動にも所属していなかった。そんな2人の関係を決定付けたのは、度々行われる定期テストだ。定期テストでは、その都度学年ごとの順位が張り出されるのだが、常にこの2人がトップを独占していた。なんと常に2人が1位なのだ。つまりこの2人、入学以来どの教科も全て満点以外取った事がないのだ。俗に言う天才だ。

そんな事もあって2人は徐々にお互いを意識しはじめ、さらにはお互い放課後の暇を持て余していた事から、自然と帰りを共にし、色々な話をするようになった。

自分の考えが理解され、それに対して魅力的な意見交換が出来る。そんな相手にお互い始めて出会えたと思った。2人は高密度な満足感と充実感を得る事が出来た。

そして、2人が高校生になる頃には協力して自分達の理論の正当性を確認すべく、様々な機械を作る事に熱中していた。もっぱらアルゴリズムを構成するのは塚本、試験マシンとして多少の修正を加え、それを実体化する役割は大石が担っていた。そして、実験の様子は全てビデオカメラで記録する事にしていた。その頃残した映像が、後に様々な学会に震撼を与える事になるのだが、それは、またの機会に書き記そう。

社交的な塚本と内向的な大石、正反対な性格を持つ2人はブラスマイナスの磁石のように引き付けあった。

2人の会話は既に中学生のそれではなく、大学生、いや大学教授レベルとでも言えるものだった。

こうして2人の天才は奇跡的にも同じ中学で出会い、その後数々の発明をしていく事になる。

日本でトップといわれる大学に進んだ2人は、学部こそ違い、塚本は物理学、大石は電子工学と別れたが、そこは天才の2人だ、それぞれの分野でトップの成績を維持し、新たな研究にも励んだ。

そして大学時代には様々な特許までを取得し、その大半が大金を稼ぐ種となり、大学生にしてかなりの財産を得ていた。

大学院へ進み研究を続けるように薦められた2人だが、これには大した話し合いもせずに断り、それをきっかけに2人はこれまでのキャリアを全て捨て、2人だけで研究開発をしていく事を決めた。資金は充分に準備出来ていた事もあり、そこには何の迷いもなかった。

2人は2人だけがお互いの思考を理解し合えるのだと、これまでの経験から悟っていたのだ。

実際に、塚本が導き出す新しい物理の法則は、大石を除く大学の研究員の誰もが理解できなかったし、逆に塚本以外がした研究に対して大石は何の魅力も感じないどころか稚拙ささえも感じていた。

こうして2人は大学卒業を待たずして、小さな土地を購入し、そこに作業小屋を建て、2人だけの研究開発を始めた。



 アインシュタインが提唱した「特殊相対性理論」に、塚本は大きな疑問を感じていた。

そのきっかけとなったのが、アインシュタインが大きく舌を伸ばしているあの有名な写真を見た時だった。塚本にはあの写真が、未来の物理学者に対するイタズラに思えて仕方なかったのだ。きっと特殊相対性理論自体にもイタズラが施されているに違いないとなぜか確信していた。

中学生時代からずっと頭を悩ませていたそれが、様々な研究を経て、37歳になってようやく、それに反する新しい理論としてまとめあげる事が出来た。

「絶対性理論」

その概要をインターネット上に載せるやいなや、多くの反対意見や肯定意見がコメントとして飛び交った。特にタイムトラベルについて細かく記載されていた事が、素人、玄人を問わず物議を醸し出した大きな原因となったのだろう。

物理学の学会にまで大きな影響を及ぼしたその理論だが、1年程経つとその反響は収縮され、やがて根拠のない、お伽話かのような扱い方をされるようになり、それから半年も経つとネット上でも話題にされなくなった。

だが、そうなる事は塚本も大石もわかっていた。なぜなら、考え方こそ斬新な切り口だったが、その理論を今だ証明する事が出来ていなかったからだ。

「これで2人だけでゆっくり研究ができるね。」

リラックスした表情で大石が問い掛けると、

「がははっ、確かに!でもネットに載せたおかげで多少なりとも情報が集まったぜ!証明出来るのも時間の問題だ!」

小屋中に響く大きな声で、まるで情報を集める事が目的だったかのように塚本が叫ぶと、今までパソコンに向かっていた大石がさっきとは違う慌てた顔で呟いた。

「塚本、大変だ。」

何事かと大石の背後からパソコンを覗き込むと、今度は塚本の表情がみるみるうちに変わった。



 「行ってきまーす!」

大学を卒業したばかりの藤澤マイは、いつも通りの明るい声で玄関を飛び出すと、最近毎日のように通っているネットカフェへと歩を進めた。

「あの子、毎日出掛けてるけど、大丈夫なのかしら。ちゃんと将来の事を考えていればいいけど。」

母親の藤澤薫が心配するのも無理はない。マイといえば、日本一の大学に現役合格し、さらにそこを主席で卒業したにもかかわらず、就職活動など一切しなかった。いまだに大学時代から続けている家庭教師のアルバイトで小遣いを稼いでいる程度だからだ。

母子家庭ではあったが、藤澤薫はかなり腕のいい弁護士だった。今では5人の弁護士を抱える弁護士事務所を経営している。

かなり裕福なはずなのだが、「贅沢は敵」が信念の藤澤薫の家庭は非常に慎ましい生活を送っていた。稼いだ金は生活に必要な最低限を残し、残り全てを貯金と募金に回していた。

事実、いまだにアパート暮らしだし、部屋にはインターネットどころかパソコン一つ置いていない。母親の薫が仕事を家に持ち帰る事もないし、娘のマイもパソコンは学校でマスターしていた。そんな環境からか、娘のマイも金欲や物欲とは掛け離れた価値観を持っていた。就職しないマイに対して薫が聞いた事があった。

「マイは将来の夢とかないの?」

すると、マイは平然とした顔で言ってのけた。

「私の夢はお嫁さんになる事。それは昔から変わってないよ。」

あまりにあっけらかんと言ってのける上、働く母親の代わりに家事の全てをマイがこなしていた事もあり、それ以上問い詰める事は薫には出来なかった。

ネットカフェに頻繁に通うのには理由があった。最近話題になっている新しい物理の説にマイは取り憑かれていたのだ。

「絶対性理論」

物理学を根底からひっくり返すかもしれない、これだけ斬新な理論にもかかわらず、いまだ誰も証明できずにいるこの理論にマイは夢中になっていた。

そして時が経ち、その理論が話題にも上らなくなった頃、ついにマイはその理論の証明に成功した。マイは24歳になっていた。



 パソコンの前でしばし固まったままの、39歳の男2人が見つめる画面には、数式で構成された公式が長々と羅列されている。

「一体誰が・・・。」

そこには塚本が導き出した理論「絶対性理論」が完全な形で証明されていたのだ。

はっと気を取り戻した大石はコメントの最後に書き込まれていたアドレスに、慌ててメールを送る事にした。

メール本文には、塚本と大石の携帯番号、作業小屋の住所、そして、この理論の提唱者が塚本であり、大石がこれを現実に実行しようとしている事、それらを事細かに記しメールを送信した。

この理論を見事に証明したとはいえ、その主が誰かも、どんな人物かもわからずに、こちらの個人情報を教えるなど普通では考えられない事だが、そんな事が些細な事であるのは、この作業小屋に満ちた興奮を感じれば誰もが思うだろう。

目を見合わせた2人の身体は微かに震えていた。

大声で話すのが特徴の塚本までが小声で囁いた。

「いいか大石、オレが以前に渡した開発途中のアルゴリズムだが、まずはその通りに実験用マシンを作り始めてくれ、オレは今すぐ家に戻って、証明された公式通りに最後のアルゴリズムを完成させてFAXで送る。」

ここまで興奮した塚本を見るのは久しぶりだと感じながら、逆に大石は少し大きな声になってしまった。

「わかった!途中までなら半月あれば出来る、それまでに最後のFAXを送ってくれ!完成予定は1ヶ月後の正午だ!」

全てを了解し合えたと塚本はコクリと頷き、「いいか、今回絶対性理論を使って作るのは、タイムマシーンだぞ。」

塚本の言葉は大石には届かなかった。既に作業台に向かい熱中している大石に最後の言葉はいらなかったなと、塚本はそのまま作業小屋を後にした。



 作業台の上には完成された実験用マシンが置かれ、ビデオカメラのモニターには椅子に座りそれを見つめる大石の姿が映っていた。

「いよいよ実験を始めるんだ・・・。」

興奮する大石の言葉を手で制し、塚本はもう一度ビデオカメラの設定を確認している。作ったのは、タイムマシーンだ、世紀の実験になるのは間違いない。その記録に慎重になるのも当然だろう。

その時だった、作業小屋のドアが再び勢いよく開いた。そこには、20代と見られる清楚な雰囲気の可愛らしい一人の女性が立っていた。

「私の名前は藤澤マイ!絶対性理論を証明したのは私よ!」

ポカンとあっけに取られている2人を見て、慌ててマイが続けた。

「メールもらったのに返事もしないでゴメンナサイ!もう一度証明を確認するのに時間がかかったの!実験に間に合うように直接来ちゃいました!」

入口で大声で話すマイの手を塚本は慌てて引っ張り、マイを中に入れて言った。

「君の証明は間違いなかったよ!素晴らしい!君のおかげで今からこうして実験する事が出来るんだ!」

「よかった、じゃあ実験はこれからね!間に合って良かった!」

ほっと胸を撫で下ろすマイと、それを認めた塚本を見て大石は言った。

「メンツは揃ったようだね、じゃあ始めようか。」その言葉にマイは不満そうな表情を浮かべた。

「あなたが大石さんね、待ってよ、証明したのは私よ!実験は私にやらせて!」

この状況を見ただけで人物関係を把握したマイに感心しながらも、塚本はそれを遮った。

「気持ちは分かるが、これはかなり危険な実験だ、いきなり現れた初対面の女性にそれをさせる訳にはいかないよ。」

それでもマイは引き下がらない。

「こう見えても私は運動神経抜群よ!見た限りじゃあなた達はスポーツに打ち込んできた感じじゃないわね!そんなおじさんに任せるより私の方がよっぽど安全だわ!」

そう言うとマイは座っている大石をひょいとどかして、どっかりと椅子に座りこんだ。

「これがタイムマシーンね。こんな小さな装置にあんな高度なシステムを組み込むなんてすごいわ!」

目を輝かせているマイにあっけに取られた2人だが、大石の方はといえば、久しぶりにこんな可愛らしい女性に接し、さらに自分が作ったマシンを褒められたのかとモジモジしている。

大石と違い女性慣れしている塚本はそんな大石を横目に「全くコイツは!」とニヤつきながら大石に視線を送った。それに気付いた大石は「ゴホンッ!」と、わざとらしく咳ばらいをし姿勢を正した。2人は一旦マイを見て、

「彼女の言う事は正しいかもな。」

どちらともなく、目を合わせ、そう考えはじめた。

確かにこの2人は運動などまるっきりダメだった。若い頃から身体を鍛えた事などなく、身体は細く色白だ。

対してマイは見るからに健康優良児だ。こんがり焼けた身体に細身だが筋肉で引き締まった身体。なにより、今こうして椅子を乗っ取っている行動力。塚本はマイに確認した。

「これは本当に危険な実験だ、何が起こるかも分からないんだぞ!」

その言葉は、既にマシンを頭に被り、実験開始を今か今かと待っているマイには意味のないものだった。

「仕方がないな、塚本。」大石がポンッと塚本の肩を叩くと、塚本は黙って頷き、再度ビデオカメラのピントをマイに合わせ直した。



 アインシュタインの提唱した「特殊相対性理論」では、光の速度を超える事は出来ないとする前提の上で、光の速度を超えれば過去に遡る事が出来るとされている。

それに対して塚本が提唱した「絶対性理論」では、そもそも光の速度を超える事が出来るとされていた。

これはまだ実験検証されたわけではないが、光のパルスを特殊な装置で電磁誘導する事で、物体を超振動させる事が出来、それは光の3倍もの速度に及ぶ事が出来ると、塚本の理論上では証明されていた。

さらに、いかに速い速度で物体が動いたとしても、過去に遡る事はないともされていた。しかし、「絶対性理論」でも過去に遡る方法は明記されている。

光以上の速度で質量を増した物体同士を、衝突させる事で空間の歪みを引き起こし、その時出来る時空ホールを物体が通過する事で、過去に遡る事が出来るとされている。

つまり、根本的な部分から「特殊相対性理論」と「絶対性理論」は違っていたのだ。

これを無機物や動物を使った実験で検証出来ればいいのだが、それには問題があった。完成されたマシンには、過去へ戻るスイッチと、現代へ戻るスイッチが用意されているのだが、無機物や動物では、現代へ戻るスイッチを操作する事が出来ないからだ。

仮に過去に戻るスイッチを入れ、その場から物体が消えたとしても、それが本当に過去へ行ったのか、それとも超振動により消滅してしまったのかの確認も出来ない。

つまり、過去へ戻った後に、現代に戻るスイッチを自ら操作する必要がある為、どうしても人間で実験する必要があるのだ。



 大石が1ヶ月という短期間でマシンを完成させる事が出来たのには理由がある。

そもそも、マシンに施す時間設定はシビアで確実に正確である必要がある。過去へ行く為の時間設定はさほど正確性を求めないのだが、現代へ戻る為の時間設定は完全な正確性が求められる。

それは、コンマ1秒でも時間がズレたら、正確に現代に戻る事が出来なくなるからだ。その時間設定にズレが起きると、元の時間ではその存在が消滅するのと同等な事と言える。

現在、主に流通し、正確だと言われている電波時計を利用したとしても、この実験マシンに組み込むには、、その正確性は非常に頼りないものと言わざるを得ない。

そこで、大石は塚本が「絶対性理論」の提唱を始めた頃から、作業小屋の隣に巨大なドーム型の装置を作りはじめた。

これは「絶対性理論」で言うところの「宇宙位置」を、正確に情報として分析するものだ。

宇宙が誕生する瞬間に起こったと言われるビックバン以降、宇宙は膨張を続けている。それにより各星の位置も宇宙全体で見ると変化しているのだ。それを観測し宇宙位置情報として分析する為のドーム型の装置を、タイムマシーン制作以前に大石は完成させていたのだ。

これにより、地球上の時間という概念に頼らずとも、現代の時間設定を宇宙位置として完璧に正確に抽出する事が出来る。それを利用する事で短期間でタイムマシーンを完成させる事が出来たのだ。

タイムマシーンはびっくりする程簡素な物に見える。まるでただのヘルメットのようで、その上に小さな箱が乗り、その箱に赤と青のボタンが付いている。こんなもので過去に遡れるのかと、普通なら思うだろう。

しかし、この箱の中には高度な技術を用いた、光バルス電磁誘導装置が組み込まれていた。

ドーム型装置から送信される宇宙位置情報もここで受信される。

これを被った者は、光の速度の約3倍の超振動により、分子レベルでの衝突を起こし、時空ホールを発生させ、過去へと遡る事が出来るのだ。



 「5分遡るよう過去への時間設定は済んでいる、この赤いスイッチを押すと、過去に遡ると同時に現代の位置情報がインプットされる、過去へ遡る事が出来たら、青いボタンを押して現代へ戻ってくるんだ。」

大石はマイに簡単に説明した。この理論を証明してみせたマイには、これ以上の説明はいらないだろうと2人はマイから離れ、塚本はビデオカメラへ、大石は宇宙位置情報観測装置の電源を入れに小屋の外へ出た。

大石と塚本の2人は、既にこの実験をマイに任せる事に何の疑問も感じていなかった。この2人はこれまで様々な危険なものを含む実験を繰り返してきたせいか、危険に対する危機感が通常より麻痺していたのだ。

「大石の作るマシンに間違いはない、あとはこの理論が正しいかどうかにかかっている!大石が戻ったら実験を始めるぞ!」

自分に言い聞かせたのか、マイを安心させる為に言ったのかは塚本の表情からは読み取れなかったが、マイはコクリと頷き、

「わかってる、この理論が正しい事を証明したのは私よ、間違いはないわ!」自信に満ちた表情でマイが言うと、これ以上言葉は必要あるまいと、塚本はビデオカメラの側に陣取った。

そっとドアを開け、大石が戻り呟いた。

「準備は出来た、後戻りは出来ないぞ。さあ、マイのタイミングで始めてくれ。」

3人が黙って頷くと、マイは指を赤いボタンの上で止め、ゆっくりと深呼吸を始めた。



 実は、いまさら口に出す事はしなかったが、大石と塚本の2人は、数分前から目に異常を感じていた。

視覚の異常と言った方が正しいかもしれないが、2人の目にはマイの姿が3重、4重にも見え、さらにぼやけていたのだ。

昨日から徹夜で作業していたせいだと2人共思っていたので、目を擦りながらマイに視線を向けている事も普通の事だと思っていた。そんな2人を見たせいなのかは分からないが、マイもキョロキョロと周りを見回している。

「マイ、落ち着けよ。こっちは徹夜明けだ、さっさとはじめよう。でも、マイのタイミングで慎重にな。」

大石の言葉に塚本も続けた。

「実験ではトラブルが起こる可能性だってあるんだぜ!その時には冷静さと素早くシビアな判断力がものをいうんだ!」

2人の言葉に、実験の重要性を再度思い返したかのように、マイは自分が冷静にならないといけないなと、頭を左右にブルブルッと振り、正面のカメラにグッと視線をあわせ、

「それじゃ!行ってくる!」

マイは強い言葉でそう言うと、赤いボタンを押そうとゆっくり指を動かしだした。

目を擦りながら、拳を握り締めマイを見つめる大石を横目に見ながら、同じく目を擦っている塚本は手先足先から昇り上がってくる緊張感と同時に、

「なんだ!この感覚は!」

と口には出さないが、胃袋をギュッとと絞め付けられるような違和感を感じていた。

そして、いざマイの指先が赤いボタンを押し始めたその時だった。

ほんのコンマ1秒もかからないだろう一瞬の間に、大石と塚本の頭の中では全ての現象の答が駆け巡った。

マイが赤いボタンを押し込むほんの一瞬前に、

「マズイ!待てっ!」

「中止だ!ストップ!」

大石と塚本の叫ぶ声が同時に小屋中に響いた瞬間、マイも何かを悟ったかのように「あっ!」とおおきな声をあげた。

しかし、その時既にマイの指先は赤いボタンを完全に押し込んでいた。

そして、マイの姿はそこから消えた。



 間に合わなかった後悔はあったが、共に2人は心地好い好奇心にも包まれていた。

「あれは目の異常なんかじゃなかったんだ!」

大きな声の塚本の言葉に、グッと息を飲み込んだ大石は、もはや説明する必要もあるまいと黙って頷き、マイがいた場所を睨むように見つめていた。

塚本は天を仰ぎ、

「心配なのはマイの身体だな!」

異変の全てを悟ったこの状況で、そう思うのは当然の事だった。いまだ放心状態の大石に塚本は語り始めた。

「あの時は、3重4重にぼやけて見えたと思ったが、あれは決して視覚に異常があったわけじゃない。マイがいたあの場所には、確かに3人4人のマイがいたんだ。それどころじゃない、100人1000人、いや、無限数の「未来」から来たマイがあそこにいたんだ!」

放心状態だった大石も口を開いた。

「それは分かる、しかし、分からないのが、そんな状態のマイの身体がどうなるのか。」

心配そうに大石が目を伏せた時だった。

「ただいまー!」

あの元気な明るい声が聞こえると、それと同時に2人は視線をそちらへ向けた。

「実験は成功しました!ちゃんと過去に行ってきたよ!やっぱり、あの瞬間にあなた達が心配した通りになったわ!過去に行ったら私がたくさん現れたから思わずキョロキョロしちゃった!」

塚本はマイの最後の言葉に驚きを隠せなかった。

「じゃあ、あの時、ボタンを押す前にはキョロキョロしていなかったのか!つまり、あの時キョロキョロしていたのは未来から来たマイだったって事か!」

「まあ、そういう事になるわね。」

「そうだ塚本、ビデオカメラの記録を確認しよう。」

3人は急いでビデオカメラのモニターを覗き込んだ。

そこには確かにたくさんのマイが映り込んでいた。

じっと正面を見るマイ、キョロキョロしているマイ、頷いているマイ、まるで無限の数のマイがそこにいるようだった。ただ、そこに映るマイの身体はうっすらと透けているように見える。

大石が唖然として、

「椅子に座ったままのマイが、過去の同じ場所にワープする。そしてそこには座ったままの過去のマイがいる。場所が重なってしまうわけだ。そこで、その空間では絶対質量の法則により、マイの質量が減少し透けて見えたってわけか。」

大石はマイの身体が今は透けていない事を確認している。その横で塚本は感情を抑えきれないでいた。

「絶対性理論の通りならそういう事になるな!」

塚本の言葉には既に、マイの身体の心配より、絶対性理論の有効性を確信した喜びに満ちていた。

「赤ボタンを押した瞬間には私もあなた達と同じ心配をしたけど、まあ、ちゃんと私は戻ってこれたわけだし、身体も異常はないわ!でも身体がすごく疲れてるの。今日はもう帰るけど、これで私も仲間の一人だよ、これからの研究には私も参加するわよ!」

そういうとマイは何事もなかったかのように小屋を出て帰っていった。


 「なあ、大石!もしも、あの瞬間に赤ボタンを押すのを止めてたらどうなったんだろう!?」

そんな塚本の肩にポンッと手を乗せ、大石は諭すように言った。

「あの時点で未来からのマイが来ていたんだ。それは必ずマイがボタンを押すと決まっていたって事さ。未来は変えられないんだよ。」

そうだろうなと塚本は黙って頷き、大石の肩を引き寄せ、

「さて、次は何をやろうか!絶対性理論にはまだまだ可能性があるぞ。」

その言葉にニヤリと笑った大石は、湧き出る思いが溢れ出してしまったかのように、

「瞬間移動装置なんかどうかな。」

それを聞いた塚本は、

「そうだな、それじゃあ帰って準備を始めるとしよう!そうだ、マイにも伝えておいてくれ!」

そう言うと、塚本も小屋を出て行った。お気に入りのバイク「ニンジャ」のエンジン音が遠ざかっていった。



 女の子が一人増えたが、いつも通りあっけない実験の終わり方に「フフッ。」と微笑み一人になった大石は、さっきまでマイに陣取られていた椅子に腰掛けると、フーッと息を吐き呟いた。

「あの時、何人も現れたマイの内、どれか一人を捕まえていたらどうなっていたんだろうな。」

そう頭で考え始めると、徹夜のツケが一気に襲ってきたのか、急激な眠気に襲われ、失っていく意識の中で思った。

「そうだ、ドーム型宇宙位置情報観測装置の電源を落とさなければ・・・。」

すでに立ち上がる気力もなく、そしてそのまま深い眠りについた。


修正を繰り返しつつも、なんとか完成させました。

感想などを頂けたら嬉しいと思いますので、時間があったらよろしくお願いします。

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[一言] こんにちは、フレイヤという者です。よろしくおねがいします。 さて、あなたの興味深い作品を読ませていただきました。短編としてのストーリーはなかなかよく、展開の仕方にも問題ないと思います。文章…
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