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二章 四話 〜“ソイツ”と撫子と男〜

撫子は何も出来ずに居た。

生きた死体を目の当たりにして、動けないままだった。

生きた死体はさっきから、口を開けたり閉じたりを繰り返している。

何かを伝えたいのかもしれない。

しかしそれすらも、撫子の目には入ってこなかった。

恐怖で、脳が全く働かない。お化け屋敷に置き去りにされた少女のように、いや、それよりももっと大きな恐怖でもって、撫子はその場に縛られていた。


「情けないね」


声がした。

その声は生きた死体の方から。

見たくなくとも、仕方無しに、そちらを恐る恐る見た。

いつの間にそこに居たのか、そこにはマントを身に纏い、フードで顔半分を覆い隠した“ソイツ”がいた。

あの“部屋”に居た、確かローゼとかいう名前の。

ローゼは僅かに見える口で笑みを作り、生きた死体に向かって歩を進める。

そして、

「こんな程度で驚いてちゃ、先が思いやられるよね」

生きた死体を足で蹴った。

「・・・ッ!」

声にならない声を撫子はもらした。

軽い吐き気すら覚える。

「まぁ、これは僕が処理しておくよ。周りに見られちゃ何かと問題だしね」

ローゼが言って、指を


パチンッ


鳴らす。

と、その瞬間に、

「・・・え・・・ッ」

生きた死体は形を消した。気付いた瞬間に、と言うよりも、本当に瞬きの間に。

撫子は周りを見回してみるが、どこにも生きた死体を見つけることが出来ない。

「大丈夫だよ。ちゃんと“飛ばした”から」

と、ローゼは言った。口元は依然として笑みを浮かべたままだ。

「まあ、気をつけた方がいいね。ここらには性質たちの悪い吸血鬼が居るみたいだ。僕より、ね」

言って、ローゼは踵を返した。そのまま何も言わずに歩き始めようとする。

「待って!」

撫子はローゼを呼び止める。

と、ローゼは立ち止まりはしたが、撫子の方を振り返りはしなかった。

「何?」

振り返りはしなかったが、それでもその声はまだ口元に笑みを浮かべていることを想像させるそれだ。

それに安堵したわけでは無いだろうが、撫子は疑問を吐き出した。

「今の、燃えてたのは桜がやったの?何で私の忠告してくれるの?アナタは敵じゃないの?」と。

「・・・君は何でそうも疑問に疑問を重ねるのかな」

ふぅ、と溜息を吐いて、改めてローザは撫子の方に向き直った。

「最初の疑問には答えられないな。口止めされてるからね。で、何で忠告するの、って話と敵か、って話だけど、僕はあの人に命令されてるんだ。あの人、って解るよね?昨日会ったでしょ?あの人だよ」

あの人。よく解る。昨日、私に“告げた”人。

「命令、って・・・?」

撫子の問い、ローゼはオーバーに肩をすくめて見せた。やれやれ、といった感じに。

「君の味方になれって、ね。僕は嫌だって言ったんだ。面倒だから。でもあの人一度いったら聞かないんだ。解るでしょ、何となく」

あの人の愚痴を首を振りながら話すローゼ。

「それに」と続ける。

「それに、君はあの人のお気に入りみたいだしね」

「・・・私が?何で・・・」

「本当に君は疑問が好きだな。そこまで僕に聞かれても知らないよ。僕はやることやったしね」

そう言うと、再びローゼは踵を返した。

「まぁ、頑張りなよ。っていうか、君が危なくなると僕も面倒なんだから」

じゃあね、と、背を向けたまま手を挙げた。

瞬間、

「え?」

もうローゼの姿は無かった。今度は指をならす事なく。

さっきもそうだったが、何度見てもなれない。一瞬で目の前にあったものが消える。瞬間的に、脳が判断できずにちょっとした混乱が起こってしまう。

いや、そんな事はどうでもいい。

撫子はそのまま佇むわけもいかず、いつの間にか地面に落としていた鞄を拾いなおし、家路に着こうと―――


「どうかしました?」


―――していたから、突然の声に思わず飛び上がりそうになった。

多分「ひぃっ!」程度の声は漏れていたかもしれない。

急いで振り返ると、そこには一人の男が立っていた。撫子と同じくらいの歳だと思われる、そんな男。

「大丈夫ですか?何かずっと一人で立ってるのが見えたから・・・」

男はすまなそうに言った。

「あ、いえ、大丈夫です。別に何も・・・」

言いながら、男の脇を抜けてそのまま帰ろうとする。

が、

「待って!」

男が撫子を呼び止めた。瞬間、撫子の心臓が大きく跳ねた。

違う。言えばさっきから心臓は高鳴っていた。ただそれは恋であるとかそんなロマンティックなものから来るものではなかった。

もっと違う。敢えて言えば、恋とは寧ろ真逆のもの。

「君、“そう”だよね・・・?」

男は自分を落ち着けるように、撫子に言った。

男の言った言葉は明らかに何かを伝えるには足らなすぎた。

しかし、今の撫子にはその言葉で全てが伝わった。

「“そう”だよね・・・?」

再び言った男の声は、いやに冷たかった。恐らく、男自身もそれを感じている。

ああ・・・、と、撫子は涙を堪えた。

ああ、と。

逃げようと思えば逃げれるのかもしれない。それでも、撫子には逃げられない理由があった。

この男がさっきの生きた死体の犯人なのか、それを突き止めるため。

桜がやった事ではないと、証明するため。


言うまでも無い。


撫子は男に向き合った。

男は悲しい顔で、それでも撫子を睨み返すのだった。

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