二章 三話 〜生きた死体〜
マラソンを終えて、撫子は学校を早退した。
周りの反応は腑に落ちない感じだったが、撫子は一刻も早く学校から出たかった。
「あんなに早く走ってたじゃない」と友人には言われたが、だからこその早退だった。
家路を急ぎながら、さっきの授業を思い返す。
決して早く走ろうとは思っていなかった。が、振り返れば皆を周回遅れにしていた。
自分の身に起きている明らかな“変化”に、撫子は不安を覚えていた。
そしてその不安に拍車をかけるように、もう一つ思う事があった。
昨日から今日の朝に掛けてのあの違和感。
あの違和感が、今となっては逆に殆ど感じなくなってきている。
今までに無かった“何か”が、少しずつ体に馴染んでいく感覚。
その感覚が、撫子に恐怖を与えていた。
自分が自分ではなくなってしまう感覚。
その恐怖に耐えながら撫子は歩く速度を速め、ふと、顔を上げた先、
「・・・!」
見た。
見てしまった。
視線を上げた先。偶然目に入った人影。
細いわき道から身を踊り出し、次の瞬間には向こうに駆け出していってしまった。
左右にちょこんと縛った髪。小柄な背丈。
撫子が見間違うはずが無い。あれは間違いなく桜だった。
「桜ッ!」
撫子は気付くと、鞄を放って駆け出していた。
桜を見失わないように、全力で走る。
通常では考えられないようなスピードで、景色が視界を外れて後ろに流れていく。
それも気にならないくらいに、必死に走った。
桜は足が遅かった。クラスの中でも後ろから数えた方が早いくらいに。
方や、撫子は足が速かった。クラスで一番とは言わないまでも、いつも上位にランクインされる程。
それでも、今見られる二人の速度には差がありすぎた。
撫子が、全く桜に追いつけない。
否、追いつく、追いつけないの次元ではなく、追いかける事を無謀と見るべき差。
赤子がバイクを追いかけるかのように、桜の姿はすぐに撫子の視界から消えていた。
いや、本当は、追いかけ始めた時からその差は歴然だった。
追いかけ始めたときから桜を見失い始めていた。
それでも撫子は追いかけようとしていた。
何とかして、桜と会話をしたかった。
が、
桜がどちらに走っていったのか、それすらも解らなくなり、撫子はようやく足を止めた。
軽く息が上がる。
あくまでも、軽く息が上がる程度だった。
本気で、必死に走ったのに。
その違和感に歯噛みしながら、撫子は鞄を置いてきてしまったところまで戻った。
歩いて戻り、鞄を見つけたのは十分程たった頃だった。
走ったのはほんの一分程度だ。いや、もしかしたら一分も走ってないかもしれない。
それでも、歩いて戻って十分以上掛かった。
それももう、どうでもいい。
撫子はもはや整った息を悲しみながら、
そういえば・・・。
と、思い出す。
桜が現れた場所。さっきは走って素通りしてしまったが、桜はさっきあそこで何をしていたのだろう?
少し気になり、撫子はその道を少し覗いた。
ひょこ、っと顔を覗かせ、
「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
突然の悲鳴。
どこで誰が叫んでいるのか?
撫子は一瞬驚き、そして気付いた。
叫んでいたのは、撫子本人だった。
「あああああああああああッッ!!」
気付いて尚、叫び続ける。
何故だか、理解するのに時間が掛かった。
恐らく戦慄の顔で叫んでいるのであろう声を上げながら、撫子は改めて視線の先を“認識”しようとした。
そこには、居た。
否、それはもはや“あった”と形容するのが妥当かもしれない。
“恐らく人間であっただろう焼死体”が、道端に転がっていた。
「ああ・・・ッ!!あぁ・・・ッ」
叫びながら、それでも少しずつ驚きを落ち着かせつつ、撫子は何故か“それ”から視線を外さなかった。
外せなかった。
気になったからだ。
目に入るその死体が。
何か、何か気になる。
その“何か”が何なのか解ったとき、
「いやぁああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
撫子は再び自分の叫び声を聞いた。
“それ”は“死体”では無かった。
まだ生きていた。
真っ黒に焦げながら、生きていた。
生きていると言っても、もはや死を待つばかりといった、“死体”と形容する事に何の差し支えも無い状態である。
それでも死体は生きていた。
残った筋肉でほんの僅かに腕を動かし、痛みか、もしくは恐怖から逃れようと足掻いている。
撫子は胃からこみ上げてくるものを堪え、口を押さえながら、それでも桜を思った。
桜・・・。桜・・・、と。
私達は、今どこに“居る”のか・・・、と。
どう考えても、僕は小説の更新が遅いと思いました。
どう考えても遅い。今月に入ってようやく一話。
これからもっと頑張らなければな。とそんな風に思いますので、よろしくお願いします。