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二章 二話 〜マラソンと違和感〜

「桜が・・・」

退学。

HR中、担任からの突然の報告に、撫子はうな垂れながらも、その実、さほど驚く事は無かった。

寧ろ、朝から予感している程。

学校にさえ来れば、とは考えていたものの、簡単に会えないとは思っていた。

ただそれは学校を休む、とか、サボる、とかそういう事であって、まさか学校を辞めるとは思ってなかった。

「先生!」

気付くと、撫子は手を上げていた。

「んぉ?なんだ?」

撫子の勢いに押されながら、担任、坂堀 雅夫は撫子を指した。

「桜は、なんで退学を?」

「ああ、何でも、御両親が行方不明という事でな、一時施設に行く事になったそうだ。まぁ、細かいことまでは解らんが」

行方不明・・・。

撫子は心の中で呟いた。

「解りました」

椅子に座り直し、俯き考える。

施設に行った。というのは、多分嘘だろう。

しかし、両親が行方不明と言うのはわからない。

もしソレが本当なら、それは桜が・・・?

そこまで考えて、まさかそんな・・・!と、撫子は頭を振った。

そんな事、桜がするはずない。と。

するはず、ない・・・。

考えながら、何故だろう、断言できない自分を自覚していた。

いや、桜は友達だ。

そして、そんな事をする人間じゃない事は断言できた。

しかし、それはあくまでも“人間”の桜であって、撫子はそれ以外の桜の事を全く知らないのだ。

昨日。あの時、撫子の血を吸う直前。

あの時流していた涙が懺悔の念から来ていたならばまだ信用はできるが、それがどうなのか、もう調べるすべは無い。

どれくらい俯いていたのか、撫子は友人に声を掛けられ、気がつくとHRは終わってしまっていた。


桜が居なくなっても、学校の授業はそんな事は関係なしに進んでいく。

一時限目は体育だった。

男子、女子別れての授業で、女子は今マラソンの授業だった。

マラソンと言えば、陸上部で無い限りは誰が嫌う課目である。

その上桜の退学、と言う事実は、確実に撫子だけでなく、クラスの女子全員に衝撃として伝わっていた。

クラスの女子の落胆の顔から、桜がどれだけ大きな存在だったのかを思い知らされる。

小柄で、人懐っこく、全員の妹のような存在であった桜は、やはり誰にも好かれていた。

それは授業担当の教師からも例外ではなく、

「え!?桜ちゃん退学しちゃったの!?」

と、女子の体育担当、明智 明代は顔をゆがめた。

明代は教師の中で、最も桜の事を好いていた人間だ。

その落胆ぶりはクラスメイトを凌ぐ程。

「ああ、嫌だよね。こんな時、授業したくないよね・・・」

言いながら、蹲って地面に“の”の字を指で書いている。

「だけど、私先生だから、授業しなくちゃいけないの。ゴメンね、みんな・・・」

教師らしからぬ発言をしながら、「それじゃあ」と、明代は生徒達を並ばせた。

「これから十分間トラックを走ってね。次の授業でタイム測定だから」

え〜、と嫌そうな顔をする生徒達を制して、明代は「ピッ」と笛を鳴らした。


周りの女子達が「え〜」と顔を顰めている中、撫子は一人顔をゆがめて立っていた。

それは走るのが嫌だから、では無い事は言うまでも無い。

俯きながら、桜が何故自分の前から消えたのかを考えていると、

「撫子、一緒に走ろう?」

肩を叩かれ、そう友人に言われた。

本当なら、今撫子の肩を叩くのは桜であるはずなのだが。

「うん。一緒に・・・」

笑えていたか解らないが、撫子は頷いた。

桜の事を考えてか、友人も別に何もそれ以上言わなかった。

「ピッ」

と、明代の笛が鳴った。

同時に、一斉に全員が走り出す。

勿論、撫子も。走りながら、考える。

桜は、今なにをしているのだろう?

どこで、一体なにを・・・。

もしかして、本当にあの“声”が言ったように殺し合いをしているのだろうか・・・。

今でも信じられない、あの声の告げた事。

殺し合い。

そんな漠然で、それでいて身近に感じられる言葉。

そんな事を言われて、ただの女子高生になにが出来ると言うのか―――

「撫子!」

呼ばれて、撫子はハッ、と振り返った。

するとさっき一緒に走ろう、と言った友人が、少し後ろに居た。

しまった、早すぎたか、と、撫子はスピードを緩めた。全然そんなつもりで走っていたわけではなかったのに。

「ご、ごめん。早かった・・・?」

「早い、とかじゃ、ない、よ・・・。ハァ・・・ハァ・・・。そんなに、飛ばして、だいじょ、ぶ、なの・・・?」

そんなに飛ばして・・・?少し前を走ってしまった位で、と、撫子は首を傾けた。

「いきなり、一周、しちゃうん、だもん・・・。あれ、全力疾走・・・?」

「え?」

一周?

いっしゅう・・・?

撫子は前を見た。

そういえば、さっきここを回った気がする。

けどそんな、全力とかじゃなくて、本当に普通に、寧ろ遅めで走ったつもりだった。

なのに、皆を周回遅れさせてしまった・・・?

後ろを振り返ると、皆が自分を不思議そうな目で見ている。

撫子は朝感じた違和感を思い出した。

そして、ふとある事に気付き、違和感が実感に変わった。

そんな勢いで走っていたのに、息が全く切れていなかった。

何・・・?私の体、どうなってるの・・・?

違和感を再確認した撫子を、遠くで明代が見つめていた。

ニコリ、と、こちらも違和感を含んだ微笑を浮かべて。

長いです。

女の主人公、と言うのはとても難しいです。今更ながら気付きました。

そんなこんなで、楽しんで頂ければ幸いです。

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