序章〜始まりの噂〜
日が暮れている。
山に半分隠れた太陽が、最後の足掻きに、と照らす光は淡い色となって町を色づけていた。
その中を二人の女学生が、カバンを手に帰路についている。
桜と撫子。
これが二人の名前である。
「ねぇ」
と、桜が撫子に顔を覗かせる。
構わず、撫子は歩みを続ける。
別に怒ってる訳でも無かったが、ただ膨れる桜の顔が見たかったから撫子は黙って歩みを続けた。
「ねぇ、ってばぁ!」
とことこ横を歩きながら、桜は困ったような、少し膨れたような、そんな顔をする。
撫子はその可愛らしさに耐えかね、
「何?」
とニッコリ答えた。
同時に、桜の顔が緩む。
「あのね、あのね!」
今にも跳ねだしそうな口調で、桜は言う。
「知ってる?」と。
限りなく笑顔の桜を見、こちらもそれに勝る勢いの笑顔で、
「何を?」
撫子は答えた。
「噂だよ!」
「ウワサ?」
うん!と、答えると、桜はカバンを持って手を空に伸ばし、「がぉー!」と言った。
ああ、可愛いなあ・・・。と思いながら、
「それ、何?」
桜のポージングの意図がわからず、撫子は首をかしげた。
可愛らしさは百点満点だが、表現力に関してはノーコメント。
それでもめげず、桜は笑顔で言うのだ。
「吸血鬼!」と。
はて、吸血鬼の鳴き声は「がぉー」で正解なのかしら?と撫子は思った。が、そんな事をいって桜の機嫌を損ねるのは嫌なので、撫子は笑って「へぇ」とだけ言った。
「あれだよ?血ぃ吸うヤツ!」
「うん。解ってるよ。それが?」
「最近ね、吸血鬼がここら辺に出るんだって!」
んなアホな・・・。と撫子は思った。が、勿論そんな事は言わずに、「ほぅ」とだけ言った。
「それでね、最近欠席の人が多いのは、吸血鬼に血を吸われちゃったからなんだって!」
欠席はインフルエンザがどうのって聞いたけど・・・。と撫子は思った。が、当然そんなことは言わず、「あら」とだけ言った。
次いで、聞く。
「じゃあ、今欠席してる人ってのは、死んじゃってるって事?」と。
しかし桜は首を横に振り、
「ううん。死なないよ」と言った。
死なないよ、って、決定権はあなたに無い気がします。と撫子は思(略)。
「どういうこと?」
撫子は首をかしげる。
と、桜は「ん〜とね」と思い出すような素振りを見せて話す。
「まず大元に“本物の吸血鬼(genuine vampire)”がいるんだけど、その吸血鬼に血を吸われちゃうと吸われた子も吸血鬼になっちゃうの。そうやって吸血鬼になった元人間を“吸血鬼の使徒(apostle of a vampire)”っていうんだけど、その”吸血鬼の使徒”に血を吸われた人も、同じように”吸血鬼の使徒”になっちゃうの」
「へぇ・・・」
いやに凝った話だな・・・。
撫子は考えながら歩く。
そろそろ陽が殆ど山に隠れ始めた。
ああ、早く帰らないと暗くなっちゃうな・・・。
「ねぇ、桜。ちょっと急ごう・・・、って、桜?」
撫子は後ろを振り返った。
隣にいると思ってた桜が、立ち止まって撫子のちょっと後ろにいた。
「・・・・・それでね」
と、桜は話を続けようとする。
「桜、そんな噂話はもういいから、早く帰ろう?暗くなっちゃう」
言って、撫子は手招きする。が、桜は動かない。
「桜・・・、どうしたの・・・?」
「・・・それでね、“吸血鬼の使徒”は仲間を増やすとき、全部話さなくちゃいけないんだよ・・・」
「桜、もういい―――――」
「聞いてよォッ!!」
撫子が言い終わる前に、桜の叫び声に似た声が遮断した。
「・・・さく、ら・・・?」
日頃大人しい桜からは聞いたことも無いような声に、撫子は恐怖に似た驚きを覚えた。
陽が、落ちる―――――
「撫子・・・、ゴメンね・・・」
桜が、吐き出すように言った。
目に涙が浮かんでいるのが、微々たる光で撫子には解った。
それともう一つ、
光っている、何かが見えた。
それは桜の口元。
鋭い何か。
「ゴメンね・・・」
桜は言った。
「“吸血鬼の使徒”になった人間はね・・・」と。
「一人の人間を仲間に入れないと・・・、死んじゃうんだよ・・・」
ジジジ・・・ジジ・・・ カンッ
街灯が点いた。
ああ・・・。
撫子は何も出来ない。
ただ、一歩歩み寄った桜を、見てるだけ。
ああ・・・。
と、桜は思う。
そうか・・・。と。
街灯に照らされて見えた、桜の口元の“何か”。
それは異様に伸びた犬歯。
まさしくそれは吸血鬼のそれ。
「ゴメン・・・、撫子・・・」
桜は言った。
大きく開いた口が、撫子に迫ってくる。
肩と首をつかまれて、大きく開かれる。
「ごめんね・・・」
その声は、桜か撫子か、どちらの声か解らない。
ただ、ごめん。と。
首元に桜の歯が当たるのを感じ、
撫子の意識は暗転―――――
これ続くのか?みたいなノリで終了。
けど一応続くのでどうぞ宜しく。