第七章
アラストルは再び玻璃を置いて大聖堂前の広場へと向かった。
理由はあのときの赤毛の女を捜すためだった。
本人が見つからなくても何か手がかりはあるかもしれない。
僅かながらそう、期待していた。
「…手がかりは赤毛の女ってのとこのナイフだけか……」
ナイフのことを玻璃に訊こうとしたが、彼にはできなかった。
「聞き込み、ったってなぁ…王国軍でもない奴が聞き込みしたら余計に怪しい…日ノ本みたいに警察とかあれば話は別なんだろうが…」
そもそも犯罪国家なので犯罪を取り締まる組織が無い。
在るとすれば王への反逆者を取り締まる国王軍の諜報員だけだ。
仕方なくあまり寄りたくも無い情報屋の元へ行こうかと考えたか、それは避けたかったので信者でもないのだが、大聖堂の中に入る。
「あいつは…」
中に居たのは一人の女だけだった。
少し癖のある栗毛を横で一本に纏めている女は、膝をついて祈りを捧げていた。
「神よ…どうか罪深き私をお許しください……」
その女は聖女なのではないかと思わせる、神聖な雰囲気を纏っていた。
そもそもこの国に神を信じている人間はほんの一握りだ。この大聖堂はこの国で唯一の聖堂であり、そして光の国の神を祀っているらしい。
「あら? どうかなさいましたか?」
アラストルが珍しそうに彼女を見ていたら、彼女から声を掛けてきた。
「いや、なんでもねぇ…」
そう言って女の顔を見た。
「お前…まさかあのときの猛獣使いか?」
女の顔には見覚えがあった。
カファロが襲われる前に大聖堂から出てきた女だ。
「ええ、そうです。ひょっとして貴方、サーカスに?」
「いや、昨日見かけただけだ」
「まぁ…記憶力がよろしいのですね」
「いや、珍しいと思ってな。ここに入る奴自体が珍しい」
「そうですか?でも、私にとってこの場所は心の支えです。貴方もそうなのでは?」
そう、女が微笑む。
「いや、俺はただ、なんとなく入っただけだ」
「そうですか。では、これも何かの縁ですね」
「そういうものか?」
「そういうものです」
女は微笑を浮かべたまま、彼を見つめる。
「なぁ、昨日赤毛の女を見なかったか?」
「赤毛の…女?」
女は不思議そうな表情をする。
「いえ、見ていません」
「そうか」
おかしい、とアラストルは思った。
今、この女の表情の変化に、アラストルは違和感を覚えたのだった。
赤毛、には思い当たる節があったのであろう。だが、女と言われそれは違うと考えたように、訊ね返し、否定した。
「あの、この女の子を見かけませんでしたか?」
「ん?」
女が一枚の写真を見せる。
写真の中に映っていたのは玻璃だった。
「いや、見てねぇな」
彼はとっさに嘘を吐く。
女はその言葉を信じたようで悲しそうな表情をする。
「もう一週間以上も帰ってこないんです。あの、もし見かけたらここの神父様に伝えていただけますか?」
「あ、ああ」
女の必死そうな表情に思わずそう答えたが、彼は二度とこの場所に来るつもりはなかった。
「お前、名前は?」
「朔夜と申します。貴方の名前をお伺いしても?」
「アラストルだ」
必要最低限に短く答える。
長居をするのは危険だと彼は思った。
「そう、ですか。すみません。昔の知り合いに似ていた気がしたので…」
「そうか」
朔夜と名乗った女の言葉に彼は困惑する。
彼女が言う知り合いとは言うまでもなくシルバのことであろう。
不意に玻璃の涙を思い出す。
なんとなく、玻璃と女が重なった気がした。
アラストルはこれ以上彼女の顔を見たくないと思い、足早に大聖堂を出て、あまり行きたくは無かった情報屋を捜しに行くことにした。
情報屋が居るのは一見小さな喫茶店に見えるその店だ。
店内には2,3人しか入れないその店で、店主にメニューには無い飲み物を注文すればいいのだ。
「フランボワーズ」
「少々お待ちください」
店主が静かに言い、店を閉める。
「で? 欲しい情報は?」
「昨日、大聖堂の前の広場で赤毛の女を見なかったか?」
「赤毛の女なんぞいくらでも居るだろう」
「女にしては背が高かった」
「他に特徴は?」
「ナイフ、このナイフを置いていった」
アラストルは店主にナイフを見せる。
「これは…」
店主は驚いたように目を見開く。
「知ってるのか?」
「……奴らにだけは絶対に手を出すな………」
店主が怯えた目つきでアラストルを見て、身体を震わせる。
「一体何なんだ?」
「知らんほうがいい…少なくとも俺は奴らの話だけはしたくない…」
「奴ら?まさか…セシリオ・アゲロって奴が関係してるのか?」
『セシリオ・アゲロ』の名を聞いた途端、店主は固まる。
「なぜその名を…」
「訊いているのは俺だ。識別番号零四壱、ドーリーの情報をありったけ全部、報酬はこれだけ出す」
アラストルは紙にペンを走らせる。
提示された金額は400万リラ、平均月収の十倍ほどの金額だった。
「いくらなんでもそれは…」
「ならこの倍出す」
アラストルは苛立ちながら言う。
「分かった…だが、俺が言ったということは…」「分かってる。誰にも言わねぇ」
店主の言葉をさえぎりアラストルは店主を見る。
「ここじゃ不味い。店の奥に」
「ああ」
店主はカウンターの内側へとアラストルを招き、奥の倉庫と思われる場所に通す。
「へぇ、こんな場所があったのか」
「こんなもんで驚かないでくれ」
そう言って店主は、床板をはずす。
すると階段が現われた。
「すげー…地下があるのか」
「ああ、情報の管理場所が必要だからね」
そのまま二人は地下へと降りていく。
地下は薄暗く、かびた臭いがした。