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第六章



 ディミトリス・カファロが長々しい挨拶をしている間、アラストルは大きなあくびをひとつして、周りを見渡した。

 特に怪しいと思われる者はいない。だが、自分からいかにも「怪しい人です」なんて格好をして暗殺をするものは居ないだろう。


「女殺し屋、か…」


 玻璃以外にもそんな奴が居るのかと彼は思った。

 この国で殺し屋誘拐が収入のほとんどを占めていることは知ってはいたが、まさか女殺し屋がそんなにたくさん居るとは思って居なかった。


 しばらくぼんやりと大聖堂を見ていると、本当に妙な女が大聖堂から出てきたので彼は驚いた。

「マジかよ……」


 猛獣使いの衣装を着た女。

 だが、ここには芸人も居る。猛獣使いが居てもおかしくはない。

 よく注意して女を見るが、特に怪しい気配はない。


 そのときだった。


 殺気を感じたかと思うとカファロを目掛けてナイフが飛んできた。

 とっさに弾き飛ばすが、ナイフが飛んできた方向を見ても誰も居ない。

 殺気すら無い。

「何処だ!」

 半円を描くようにナイフが飛んできた方向を見るがそれらしい人物は居ない。

「何をしてる! 早く犯人を捕まえんか!」

「黙れ!」

 カファロを怒鳴りつけ、アラストルは周りを見渡す。

 再びナイフが飛んできた。

「見えた」

 弾き飛ばすと、その方角には赤毛の女が居た。

 どこかで見たような赤毛だった。

 慌てて追うが、女は人混みに溶けて消えた。

「逃げられたか…」


 追うことを諦めて、広場に戻る。

「おい、赤毛の女を見なかったか?」

 カファロにそう問いかけるが、彼は返事をしない。

「逃げられた…」

「この役立たずが!」

 カファロが怒鳴る。

「命があるだけマシだと思え。俺がいなきゃお前、死んでたぞ」

 女が投げたと思われるナイフを拾い上げる。

 どこかで見た…

 アラストルは記憶を辿る。


『アラストル・マングスタね? その命、頂戴』 


 脳内に響いたのははじめて聞いた玻璃の声。

「あの時の…」

 よく見ても、ナイフのどことなく上品な細工は玻璃が持っていたそれと同じだった。

「そういやあいつ、いっつも服の中に隠し持ってたな…」

 果物を投げつけたときに玻璃がナイフで皮を剥いていた光景を思い出す。

「まさか…」

 急に嫌な予感がアラストルを襲う。

「おい、お前、この後の用事は?」

「ふん、帰宅するだけだ」

「とっとと帰るぞ!」

 彼はそういってカファロを馬車に引きずり込む。

「何をする! この無礼者!」

「死にたいのか? 俺の予測が当たっていれば、あの女、相当強ぇぞ…」

「なに?」

 殺気も巧く殺していた。

 相当殺しに慣れている人物だ。

「お前、もう、家から出るな。そして家に誰も入れるな。死にたくないなら、の話だがな」

 それでも家を爆破なんてされれば意味が無い。気休めにしかならないと言うことはあえて言わないでおいた。






 当初の契約よりも大分減った報酬を持ち帰り、部屋に入る。

「玻璃!」

 玻璃の姿が見えない。

 慌てて探すと長椅子の上ですぅすぅと規則正しい寝息を立てている玻璃の姿があった。

「…脅かすなよ……」

 どうやら杞憂で終わったらしい。

 玻璃があの場に居るかもしれないと思ったのはただの思い過ごしだったのだ。

 彼は自分に言い聞かせる。

 玻璃は一度眠ればなかなか目を覚まさないことをこの数日で学んでいる。

「……んっ……誰!」

 目を覚ました玻璃にいきなりナイフを突きつけられる。

「……アラストルだったんだ……」

 驚いたように目を見開きナイフを下ろす玻璃。

「なぜ殺さない?」

「え?」

「お前のマスターに俺を殺すように言われてるだろ?」

 玻璃にナイフを突きつけられた瞬間、アラストルには失望しかなかった。

 この数日間で大分玻璃と信頼関係ができていたのではないかと僅かながら期待していたのだ。

「………みんなそう言うのね……死にたいなら、殺してあげるけど? 一宿一飯の恩は忘れないわ」

 そう言って玻璃は視線を逸らす。

 足元に落ちていた広告を拾い上げため息を吐く。

「こんなもの…何の意味もないわ」

「何を描いたんだ?」

「……シルバ」

 そういう彼女からアラストルは紙を取り上げる。

「これは…」

 その紙に描かれていたのは髪の短いアラストルだった。

 アラストルの髪は腰ほどまであるが、絵の中で微笑んでいる人物は肩までの長さの髪を綺麗に切りそろえていた。まるで旅に出る前のアラストルだ。

「暇だったから」

 そう、静かに言う玻璃に、アラストルは静かに涙を流す。


―やっぱりアラストルはシルバに似てるー


 玻璃の言葉が脳内に反響する。

 玻璃は自分がシルバに似ているから殺せないのだと言うことを感じ取った。

 玻璃が無理して強がっていることも、玻璃の苦悩もすべてこの一枚の絵から伝わってくる。

 おそらくはこのシルバと言う男は玻璃にとって相当特別な男だったのだろう。

 おそらくそれは家族愛にも似た何かが、玻璃自身も気付かずにあったのだろう。


「玻璃、すまない…」


 なぜそう零れたのかはアラストル自身にも理解できない。

 それでもただ静かに彼は涙を流し続けた。

 その様子を玻璃は何が起こっているのかわからないと困惑した様子で見つめていた。







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