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第五章



 その日は朝から慌しかった。


「玻璃、出かけてくる」

「うん」

「絶対家から出るなよ?」

「うん」

「カーテンも閉めろ」

「うん」

「間違っても窓から顔出したりするなよ?」

「うん」

 アラストルは何度も玻璃に念を押した。

「どこ行くの?」

「仕事だ」

「剣士?」

「ああ、お偉いさんの護衛だとよ。もっともあんな奴が死のうが生きてようが俺たちには関係ない。金になるかならないかが問題だ」

「そう?」

 玻璃はさして興味なさげにお気に入りの長椅子の上で丸くなる。

「寝てる」

「……お前なぁ…まぁ、暇なのは分かるが…本を読むとかいろいろあるだろ?」

「アラストル、自分の部屋を見てから言って頂戴。本なんて、聖書すらないわ」

「そりゃ神なんて信じてねぇからな」

 玻璃に言われて初めて気がつく。

 部屋には食器棚とベッドと長いすと小さなテーブルがひとつ。それと棚に電話があるだけで本は一切ない。

 一応本棚はあるにはあるのだが中には仕事関係の資料があるだけで、本は一冊も置かれては居なかった。

「神様なんて居ない。だけど…朔夜はいっつも教会で祈ってる」

「姉さんか?」

「うん。朔夜はいっつも神様に何かをお願いしてるんだ」

玻璃がただ静かに言う。

「ねぇ、絵の具とか無いの?」

「生憎絵を描く趣味はねぇからな。ペンなら在るが…」

「それ貸して」

 アラストルから万年筆を受け取り、新聞に挟まっていた広告の裏に絵を描き始める。

「大人しく留守番してろよ」

 そう、彼が言ったとき、既に玻璃の耳に音は入っていなかったようだ。






「くだらねぇ…」

 アラストルが護衛を依頼されたのはディミトリス・カファロという貴族だった。

 国王に気に入られているだかで贅沢を尽くし、好き勝手に振舞っている彼を国民が許すはずもなく、とにかく嫌われているだけの男だった。

「そこの君、カファロ様の前でそのような汚い言葉を使うのはやめなさい」

「わかりましたよ、依頼人。で? 今日はこれからどこへ向かうんですか?」

 命を狙われていると思っているなら家から一歩も出ずにベッドの下で大人しく震えていればいいとアラストルは思ったが、口に出して報酬が減るのは嫌なので口には出さなかった。

「大聖堂だよ。今日は丁度祭りだ。そこでカファロ様は挨拶をなさる」

「取り消せば良いだろ? そんなわざわざ自分から命を狙われにいくようなモンだろ」

「国王様から直々にお願いされてしまったのでな。だから、わざわざ君に護衛を依頼したのではないか。クレッシェンテ一の剣士、アラストル・マングスタにね」

「そりゃどうも」

 アラストルはこの依頼人が嫌いだった。

 税金を使って贅沢三昧な生活をしていることが目に見えているからだ。

「ただの護衛にしちゃ報酬が多すぎる。何か裏があるんじゃねぇのか?」

「いや、ただの護衛だよ。ただ、犯行予告があったからね」

 カファロはそう言いながら髭を撫でる。

「なんでも、巷で噂の女殺し屋が犯行予告をしたらしい」

 従者だかの男がそう言う。

「女殺し屋?」

「ああ、詳しくは知らないが…何せ誰も姿を見たことがないらしい」

「姿を見た奴はみんな消すってか? まさかその女…黒い髪に赤い瞳の女じゃないか?」

「知ってるのか?」

「少し見たことがあるだけだ」

 アラストルは家においてきた玻璃のことを思う。

 だいぶ大人しく言うことを聞くようにはなったものの、玻璃はアラストルを殺すように命じられている。

 ひょっとしたら隙を窺っているだけなのかもしれないと思わずにはいられなかった。



 祭りというのはまた盛大なものだった。

 いつもの広場が全くの居空間のように思える。

 異国からの商人が店を開き、異国の物を求める客が行き交う。

 そして大聖堂の前に、大きな舞台が作られ、今はそこに道化師が居る。

「芸人まで呼んだのか。随分派手にやっているねぇ」

 カファロは呑気にそんなことを言う。

 アラストルは思わずため息を吐いた。

「…俺はもう二度とあんたの護衛だけは引きうけねぇ……」

「ああ、私ももう二度と君だけには依頼しないよ。君はつまらない。まぁ、剣士としての腕には期待することにしよう」

「…勝手にしろ」

 別にお前なんかに評価されても嬉しくねぇよとアラストルは心の中で零す。


 大聖堂の時計を見ると、犯行予告の時間まであと一時間丁度だった。

 

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