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第三章




「アラストル」



 後ろから呼ばれた気がした。


 スコールのような激しい雨が降っている。


 アスファルトを流れ排水溝へと向かう雨水に赤い液体が混ざり流れている。



「アラストル」



 再び声がする。



「どうして助けてくれなかったの?」






 血塗れのリリアンがアラストルの腕を掴み、血の涙を流した。











「ねぇ」

「ん?」

 朝食の最中、珍しく玻璃が口を開いた。

「今日、出かけたい所があるんだけど…」

「ん? …今日…? 明日じゃダメか?」

「うん。今日じゃないとダメ」

 珍しいとアラストルは思った。

 普段の玻璃ならば水のように流れに身を任せあまり自分の意志を表に出さない。

「アラストル、あのね、教会の前の噴水のある広場、わかる?」

「おう、俺もそこに用がある」

 まさか、と彼は考える。


-リリアンと玻璃にはなにか繋がりがあるはずだ-


「凄い偶然。嬉しくないけど」

「なんでだよ」

「今日は私の人生最大の厄日だから」

「は?」

「大切な人の命日」


 ぴったりと重なった。


 これは偶然なのか?



「アラストル、白いのばっか」

「ん? こんなもんだろ?そう言うお前は………紫の薔薇って…」


 花屋でそれぞれ花を買った。

 アラストルは白い小さな花束を、玻璃は紫の薔薇の大きな花束を抱えていた。

「シルバが好きだったの。いつか百万本の薔薇を贈るって約束したけど…できなかった」


 そう言う玻璃の表情は微かに陰った。


「そうか…なぁシルバってどんなやつだった?」

 なんとなくそう訊ねた。

「アラストルに似てた」

 彼女はそうとだけ答えた。

 

「ここ、もう十年だ……」

 玻璃が呟く。


「なにがだ?」

「ここでね、女の子が殺されたの………」


 トクン と何かが自分の中で鳴り響いた気がした。


「シルバと一緒に、あの子は関係無かったの…」


-リリアン-


「あの子は…私のかわりに殺されたの………」

玻璃は俯く。


 トクン 。

 また何かが蠢く


「その子の名前は?」

 そう訊ねるのが今のアラストルには精一杯だった。




 ゆっくりと彼女の口が紡ぐ。





-リリアン-





 やはり、そう予測はしていたが、動けそうに無い。

 頭が真っ白になるような錯覚に陥る。


「なぜ………」


 ようやく声が出た。


「なぜ…リリアンは殺された?」

 アラストルは必死に感情を抑えた。

 行き場のない憎しみや怒りを抑えた。


「私と間違えたの…銀の剣士の傍にいる黒い髪の子供。銀の剣士なんてシルバしかいないと思っていたみたいだったけど、依頼主のミスね。銀の剣士も黒い髪の子供も二人いたの…」


 シルバと玻璃。


 アラストルとリリアン。


 二組の銀の剣士と黒い髪の子供……。


「なぜ?」

「たまたま…私がサーカスを見たいって言って、シルバが連れて来てくれたの…」


 十年前、丁度この場所にサーカスが来ていた。

 リリアンも同じく駄々をこね、アラストルに連れられて来ていた。

「…迷子か………」

 彼が言うと彼女は静かに頷く。

 その瞳には微かに涙が浮かんでいた。


 サーカスの人混みに飲まれ、二人の黒い髪の少女が、それもよく似た二人の少女が迷子になり、またよく似た二人の銀の剣士に探されて居たのだ。


「シルバが、あの子と私を間違えたの………」


 そして記憶が蘇る。


 一面の赤……。


 血飛沫……。


 リリアンの白いワンピースが赤く染まる。


 そして……。


 近くに銀の長い髪をした男が銀髪を赤く染め倒れている。



「あいつがシルバ………」


 まるでリリアンを庇うように倒れていた……。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 玻璃が頭を抱えてしゃがみ込む。

「お、おい…急にどうした!?」

「私が悪いの。全部…ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい」

 玻璃の目から大粒の涙が零れ落ちた。




 ようやく玻璃が落ち着いた頃、日は傾いていた。


「お前が言ってた「喪服」ってのはシルバのためだったんだな」

 アラストルは納得したように、それでいて寂しそうに言う。

「ううん、シルバじゃない。あの日、死んだのは私なの。今日は年に一度だけただの玻璃に戻る日で、それ以外はただの人形」

 少し寂しそうに彼女がいう。


「もう、今日も終わるわ…」


 玻璃の瞳から光が消えていく。

「もういいだろ?」

「え?」

 急に抱きしめられ玻璃は目を見開く。


「もう、ただの玻璃に戻ってもいいだろ?」

 優しく、痛いほど優しく彼は言う。

 玻璃の頬を一筋の涙が伝い落ちた。


「本当に?」

「ああ、十年も苦しんだんだろ?」

 そう言って優しく背中を叩く。


「ありがとう…」


 消えそうな声で彼女が呟いた。

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