第十八章
アラストル・マングスタは目を覚ますと真っ白なベッドの上にいた。
自宅のそれよりは大分質のいいベッドに少しばかり居心地の悪さを感じる。田舎育ちの彼に、ラウレルの妙に白いベッドは合わないようだ。
「意外としぶてーな、俺」
彼自身、自分が生きていることが信じられないといった様子だった。
怪我をしてあれだけ怒鳴って失血死しなかった自分はひょっとしたら化け物なのではないかとさえ考えた。
「アラストル、果物は?」
「いや、いい……って、なんでお前が当たり前みたいに病室で俺の世話焼いてるんだ?」
アラストルは警戒した様子で女を見た。
栗毛に癖毛の女は玻璃の姉、朔夜だった。
「あら? 私がいてはいけなかったかしら?」
「いや、ただ、お前、敵だろ?」
「玻璃ちゃんの恩人を殺すわけにはいかないわ。ほら、早く元気になって玻璃ちゃんに心配掛けないの」
あの子凄く喜んでいたのよと朔夜は言う。
「お前、姉って言うよりは母親だな」
「お黙り。私が老けてるって言いたいの?」
「いや、面倒見が良すぎる。いい母親になれる」
そういや、セシリオ・アゲロの妻だったかと思い出すがどうでも良い。
「玻璃は?」
「任務失敗の反省文を書いてるわ。と言っても文字を書いているのはジャスパーなんだけど。あの子、文字が書けないからいつもジャスパーに書かせているの」
「ジャスパー?」
「玻璃ちゃんの部下の紫の髪の男の子よ。見たこと無い?」
「ああ、俺も最近までディアーナとの接触は避けていたからな」
「正しい判断ね。下っ端の下っ端だってハデスの幹部に立ち向かうくらいの子は居るもの。尤も、任務以外の戦闘は自分の身を守るとき以外は禁止だけど」
朔夜はリンゴを剥きながらそう言う。
「随分細かいルールだな」
「基本的にはセシリオだって戦いたくないのよ。ただ、身内を守ることだけはしっかりするわ。それがあの人の良いところよ」
まるで恋するように彼女は言う。
「夫婦関係は良好ってか?」
「悪くは無いわね」
「今までディアーナと戦わなかった理由がようやくわかった」
「あら? 興味深いわ」
朔夜はアラストルの目を覗き込んだ。
嘘を吐かないか確かめようとしているのだろう。
「お互い弱点が同じなんだよ」
「まぁ」
朔夜は笑う。
「今更でしょう? 結局男の人の弱点は女よ」
切ったリンゴを皿に並べながら朔夜は言う。
「男の人は、女が居ないと生きていけないもの」
「……かもな」
アラストルは窓の外を見た。
「なんか、玻璃と過ごした数日間が妙に充実してた気がする」
「ふぅん。そう」
彼女は意地悪く笑った。
「はじめは妹が帰ってきたようだと思っていたが、それも直ぐに変わった。玻璃が待っていると思うと妙に帰るのが楽しみになったりとか、情が移るってこういうことかぁ?」
「馬鹿ね。玻璃ちゃんを泣かせたら許さないわよ」
「お前が言うな。お前らが一番あいつを泣かせたと思うぞ?」
アラストルは天井を見上げた。
「泣き虫なところも嫌いじゃないがな」
「あなたのそれは家族愛? それともあの子を一人の女性として見てのこと?」
「さぁな。生憎そういうことには疎いんだ。何せ、三十年以上独り身だ」
彼は自嘲気味に笑った。




